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◇高嶋イチコ自選集◇

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自己紹介がわりに、これまでの投稿で特にお気にいりの物を集めました!
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#小説

摘花の恋【てきかのこい/掌編小説】

手持ちの服をすべて試してやっと選んだすみれ色のワンピースも、二日分のバイト代をつぎ込んで買った桜色の下着もぜんぶ剥ぎ取ってから、佐伯さんは私に「可愛い」と囁く。 佐伯さんの手で投げ捨てられた私の服が、ホテルの床に散らばる。力なく人型を保つそれは、さっきまで嬉々として身支度をしていた自分の亡骸みたいだ。 私は今週もこの男に会えたことが、嬉しくて虚しい。 肌色一色になった私の体に、佐伯さんの薄い唇がおりてくる。長くしなかやかな手足が、私の体を弄ぶ。 「窓のない部屋なんて、息

ボストンバッグに寂しさを。【ショートストーリー】

「ナイアガラの滝は、ひとりで見るものじゃない。寂しいじゃないか」 一人旅のわたしに、ツアーバスの運転手はそう言った。 その言葉になんて答えればいいのかわからないまま曖昧な笑顔をかえして、わたしは目的地への道を急いだ。 分厚い水の壁が、地響きのような音を立てて壊れ続ける。 ナイアガラの滝は美しく、恐ろしい場所だった。 足元に広がる地球の裂け目に、自分もすい込まれそうになる。 周囲の笑い声が遠のいて、「寂しいじゃないか」という言葉が、ぽつんと胸に波紋を広げた。 帰りのバス

わたしは処女作に向かって成熟できるのか?

今日はわたしが2年前、初めて書いた小説を晒してみる。 本名ばれちゃうけど、最近そこら辺がどうでも良くなってきたので(笑) 下記リンク先の、「鬼の棲む場所」という短編小説がわたしが書いたものです。 http://www.kochi-art.com/pdf/prize-46.pdf 読みなおすと、修正したい部分がいっぱいある。けれど、当時は自分なりに、主人公の気持ちを書き切ろうと必死に原稿用紙に向かったので、愛おしさもある。 「作家は処女作に向かって成熟する」 小説を書い

105日目:たいおん【体温】→掌編小説

たいおん【体温】 動物体のもっている温度。 ◆◆◆ 彼の妻から電話が掛かってきたとき、わたしは初めて耳にするその名前を、新鮮な気持ちで聞いた。 「トクラの妻です」いつもの番号からスマホに掛かってきた電話をとると、女の声がそう言った。 “トクラ”は頭のなかでうまく変換できなかったけれど、女が“妻”の部分を強調したことはわかった。 通いなれたコンビニの雑誌コーナーの前。わたしはなぜか、目の前にあった読みもしない女性週刊誌をカゴに入れ、我にかえってラックに戻した。 「トクラ

エッセイは絵画で、小説は立体造形アート。

エッセイを書くこと、小説を書くこと。同じ『書く』でも、わたしにとっては全く別の作業だ。 例えるなら、エッセイはモデルを前にして描く絵画、小説は立体造形アートという感じ。 エッセイを書くとき。 わたしは『実際の出来事』をモデルとして描写し、自分と同じ純度の感情(美しい、悲しい、怒りetc)を、読んでいる方の胸の中に再現したい。 モデル(=出来事)よって描き方は変わって、抽象画のときも、写実画のときもある。 対して、小説はわたしにとって立体造形アートのようなもの。 自分の胸に

ながれる【流れる】→121日目/掌編小説

ながれる【流れる】 水の流れによって物が動かされる。 ◆◆◆ 夜の川面には、筆をつかって絵具を散らしたかのように、たくさんの桜の花びらが浮かんでいた。 深夜一時。川辺には夜桜を見に来た僕ら以外、誰もいない。 「あれ、乗っちゃおうか」と、彼女が指さした先を見ると、桟橋に古いボートが二艘、繋がれていた。 彼女は僕の制止も聞かずに桟橋へ向かい、重そうなロープを解きはじめる。華奢なパンプスでよろける姿を見ていられなくて、仕方なく手を貸した。 ロープを解かれたボートに、彼女がひらり

87日目:あめ【雨】→掌編小説

あめ【雨】 空から降ってくる水滴 ◆◆◆ パタパタと雨が窓を打つ音がきこえて、天気予報が外れたことを知る。 今日こそは職安へ行こうと思っていたのに。 わたしは脱ごうとしていたスウェットを着直し、ベッドに戻りスマホでYouTubeを起動した。 一日早く職探しをはじめたところで、なにが変わるわけでもない。 ピンポン。 しばらくして、インターフォンの無機質な音が鳴った。アマゾンの荷物かと思ったけれど、最近はなにも注文した覚えがない。荷物を送ってくるような人だって、わたしには