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◇高嶋イチコ自選集◇

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自己紹介がわりに、これまでの投稿で特にお気にいりの物を集めました!
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2019年3月の記事一覧

105日目:たいおん【体温】→掌編小説

たいおん【体温】 動物体のもっている温度。 ◆◆◆ 彼の妻から電話が掛かってきたとき、わたしは初めて耳にするその名前を、新鮮な気持ちで聞いた。 「トクラの妻です」いつもの番号からスマホに掛かってきた電話をとると、女の声がそう言った。 “トクラ”は頭のなかでうまく変換できなかったけれど、女が“妻”の部分を強調したことはわかった。 通いなれたコンビニの雑誌コーナーの前。わたしはなぜか、目の前にあった読みもしない女性週刊誌をカゴに入れ、我にかえってラックに戻した。 「トクラ

エッセイは絵画で、小説は立体造形アート。

エッセイを書くこと、小説を書くこと。同じ『書く』でも、わたしにとっては全く別の作業だ。 例えるなら、エッセイはモデルを前にして描く絵画、小説は立体造形アートという感じ。 エッセイを書くとき。 わたしは『実際の出来事』をモデルとして描写し、自分と同じ純度の感情(美しい、悲しい、怒りetc)を、読んでいる方の胸の中に再現したい。 モデル(=出来事)よって描き方は変わって、抽象画のときも、写実画のときもある。 対して、小説はわたしにとって立体造形アートのようなもの。 自分の胸に

ながれる【流れる】→121日目/掌編小説

ながれる【流れる】 水の流れによって物が動かされる。 ◆◆◆ 夜の川面には、筆をつかって絵具を散らしたかのように、たくさんの桜の花びらが浮かんでいた。 深夜一時。川辺には夜桜を見に来た僕ら以外、誰もいない。 「あれ、乗っちゃおうか」と、彼女が指さした先を見ると、桟橋に古いボートが二艘、繋がれていた。 彼女は僕の制止も聞かずに桟橋へ向かい、重そうなロープを解きはじめる。華奢なパンプスでよろける姿を見ていられなくて、仕方なく手を貸した。 ロープを解かれたボートに、彼女がひらり