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【ツバメroof物語⑦】(半分フィクション、半分ノンフィクション)/石井‐珈琲係

 いつもは、喫茶室になっている10畳ほどの和室に案内された。ちゃぶ台の上には、カセットコンロ、あとは珈琲を淹れる時に必要な物がセットされていて、私達を待ち構えている。まず手書きのリーフレットで丁寧に説明を受けた。そして、お手本にと焙烙で生豆を煎り始めた。 

  しずくさんは優しい手つきで、静かに物を触る。それは流れるようで無駄のない所作だ。夕子みたいに全然ガサツじゃない。少し心配になってきた。 …が、ここは落ち着いたふりしていこう。 

 へぇ、珈琲豆ってこんな色なんですね、とかなんとか言いながら見る。カシャカシャと焙烙を水平に振っている。しばらくして甘く香ばしい香りが部屋を漂い始めたかと思うと、パチンッと弾ける音がした。 

 「これがいちハゼです」と教えてくれたかと思うと、パチパチパチッとまた珈琲豆が弾けた。「そしてこれをニハゼと言います」ゆっくり焙烙を揺らす。その手つきはゆりかごを揺らす様に一定のリズムがあり、豆も気持ち良さそうだ。火を止めて、「あとは余熱で好みの焙煎具合に合わせます」そういう間も、豆はパチパチと弾けながら、部屋中に甘くて香ばしい香りが充満していく。  

 あぁ、これこれ、この香り!と夕子は思った。時々町を歩いているとふわ〜と香ってくる、喫茶店からの香りのギフト。小さな感動を覚えていると、しずくさんが焙烙の持ち手を下にして、豆をザーッとざるに出した。持ち手が筒になっていて、熱々の豆が滑り出てきた。思いがけない所から濃い茶褐色になった煎りたての豆がでてきて、手品で驚いた様にアイとその子さんはこの日一番の盛り上がりを見せた。 

「じゃ、次に一度やってみてください」としずくさん。へ?今の手品みたいなワザを?あんまりにもさらりと言われたので、抵抗の余地はない。というか、そうだった…これを体験しにきたんだった。

 ゴクリを唾を飲みこみ、焙烙を触ろうとした時、「わーい、やりたいやりたい!誰からする?」とアイが言った。「そりゃ夕子さんから」とその子さん。

 改めて、ゴクリ。焙烙の持ち手を握る。生豆をシャラシャラと流し入れ、カセットコンロで焙烙を振り始めた。  

ガツン!ガツン!

 全く水平に振れていないらしく、五徳にぶつかる。しずくさんは、「大丈夫です、最初は皆ぶつけます」と言いながら、すっと五徳の上に焙烙がぶつからないように網を敷いた。しばらく振り続け、いよいよ見せ所の手品の場面だ。パチパチとはぜながら出てきた豆は、黒いものや、生焼けのようなものも混ざったチグハグなパッチワークのような豆だった。 

「初めての時はこんなもんです」としずくさんは、相変わらず落ち着いた声で言ってくれたが、不安しかなくなった瞬間だった。  


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