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つぶやき10ー記憶と感情の剥離(5)

※震災に触れますのでご注意ください
前回までの記事は、一番下にリンクを貼っています

3月の頭の試験がようやく終わりました。1ヶ月以上……人生でこんなに勉強をしたことはなかった気がします……。しかし本番は秋なので、またこれから試験勉強を続けねばなりません。がんばろう……。


状況がどうなっているのかよく分からないままでいましたが、十九日の朝だったでしょうか……

ちょうど友達の職場の方が、尼崎の方に行くとのことで途中まで乗せて言ってあげるよと提案してくださいました。
私は友達に、ひとまず一緒に地元に帰ろう、と提案しましたが、友達は頑として首を縦に振らず、一緒に会社を離れることは出来ませんでした。他の人も残っているから帰れないと。

私は、有り難い申し出を受けて尼崎まで送ってもらうことにしました。尼崎はまだ電車が動いており、街も影響があったとはいえある程度動いているように見えました。

友達の同僚は、尼崎までだったはずの私を当時姉の住まいのあった大阪の城東区まで乗せて行ってくれました。姉は途中まで迎えに来てくれており、送ってくださった方に出来る一杯のお金を包んで渡してくれたように思います。

姉の家についた私は、寝ていなかったこともあり余震に気がつくこともなく寝入っていました。そしてその日の夕方、両親が大阪入りをし無事に合流し、ホテルに泊まって次の日に家に帰ることが出来ました。

被災地で別れた友達は、私よりも早く地元の家に帰り着いていました。やはり同じように会社の人が送ってくれたそうです。


淡々とした私の記憶を書き落としました。これで終わりです。
書き残そうと思って書き残したけれど、書き落とした後の今は、こんなので良かったのかな、なんていうことも思っています。
事実のみで、その時の感情はどこに行ったのだろう?

世の中には優しい人もたくさんいますね。
この震災以降、普段の生活の中でもかなり人間関係に揉まれてきて、人の生き方というか、感情に対しては冷酷に見てしまう自分が出来上がっているのも事実で、それはこれから生きていくための防御反応なのかもしれません。
それでも、こんな私でも優しく接してくれる人もいることが有り難いです。


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