「変わり者メルヘン」第17話

 赤ずきんは弾んだ足取りで四人から遠ざかりました。しばらく一人で歩いていると、後ろから声をかけられました。

「こんにちは、可愛いお嬢さん。どこに行くの?」

 話しかけてきたのはオオカミです。

赤ずきんはぎょっとしましたが、すぐに緊張を解きました。

オオカミがにこやかで優しそうだったからです。

「こんにちは、オオカミさん。おばあさまのお見舞いに行くの」

「お見舞いに? 一人で偉いねぇ」

 オオカミは目を丸くしました。

赤ずきんはくすっと笑いました。

噂に聞いていたオオカミとはずいぶん印象が違います。このオオカミはまったく怖くありません。

「おばあさんの家は遠いの?」

 だから、赤ずきんは聞かれるままに答えてしまいました。

「ここまできたらもうすぐよ」

「どんな家なんだい?」

「この先の、小さな可愛い木のおうち」

「それは素敵だ」

 オオカミは辺りをぐるりと見回しました。

「せっかくこんなにいい天気なんだ。きれいな花でも摘んで、ゆっくり楽しみながら行ったらどうかな?」

「いい考えね! お花を摘んでいけば、おばあさまも喜ぶわ」

 赤ずきんはさっそく花を摘み始めました。

 オオカミは赤ずきんに背を向けました。行き先はおばあさんの家です。

 年寄りの肉は好きじゃないが、仕方ない。まずは前菜だ。この娘はメインディッシュにしよう。

 オオカミは鋭い牙を見せ、おそろしい笑みを浮かべました。

その顔を赤ずきんが見ていたら、けしておしゃべりしようとは思わなかったでしょう。

 一方、赤ずきんは花を摘みながら、ハッと思い出しました。

 あの子、パンが冷めないうちに行ってって言ってくれたわ。

 赤ずきんの頭にグレーテルの顔が浮かびました。

 やっぱり、この花を摘んだらすぐに行こう。それにしても、あの子……。

 赤ずきんは、自分より小さなグレーテルが心配になりました。

 顔色が悪かったわ。無理にでもパンを渡せばよかった。

「パンがなくなってる!」

 ヘンゼルが悲痛な声で叫びました。行きの道で落としたパンのかけらがありません。

「兄さん、あれ!」

 グレーテルが指差す先では、小鳥がパンのかけらをつついていました。

白い石なら落とした場所から動きません。けれど、パンのかけらは違います。

落としたそばから森に住む動物たちのエサとなり、二人が戻ってくる頃にはすっかり食べられていました。

「くそっ、これじゃ帰り道がわからない。どうすれば……」

 ヘンゼルは空を仰ぎました。太陽はまだ頭上にあります。

両親は本気で自分たちを捨てるつもりだと考え、兄妹は日の高いうちから家路を急いでいました。

「とにかく歩こう、グレーテル。まずは川を見つけるんだ。水がなくなったらおしまいだからな」

 軽くなった水筒を揺らし、ヘンゼルは言いました。グレーテルは頷き、兄のあとをついていきました。

 そういえば、あの赤ずきんの子は大丈夫かしら?

 グレーテルは空腹にふらつきながら、赤ずきんのことを考えました。

彼女の持っていたごちそうが何度も頭に浮かびます。

 あんなにおいしそうな食べ物の匂いをさせていたら、飢えた獣が寄ってくるんじゃないかしら? 

あの赤いずきんも危ないわ。あれじゃ、オオカミに居場所を教えているようなものなのに――。

 グレーテルの思考はそこで途切れました。

どこからか甘い匂いが漂ってきたからです。

「なんだ? この匂い……」

 ヘンゼルもきょろきょろと辺りを見回しました。

 突然、森が開けました。

目の前に現れた建物を見て、ヘンゼルとグレーテルは唖然としました。

 その頃、赤ずきんはおばあさんの家に着きました。両手に淡い色のきれいな花を抱えています。

「おばあさま、こんにちは!」

 元気よく挨拶をしたあと、赤ずきんは眉を寄せました。

 なんだか家の様子が変です。

いつもきれいな家の中が今日は誰かが引っかき回したように散らかっています。

それに変わった臭いもします。まるで獣のような……。

「あぁ、赤ずきん。よく来てくれたね」

 ベッドから声がしました。布団が大きく盛り上がっています。

「おばあさま、大丈夫? 声がひどくしゃがれてるわ」

 赤ずきんは扉を閉めるのも忘れ、ベッドに駆け寄りました。

「風邪をこじらせてしまってね……さあ、お前の顔をよく見せておくれ」

 赤ずきんが枕元に立つと、おばあさんは布団の下からちょっと顔を出しました。

赤ずきんはまた驚きました。

おばあさんはラベンダー色のナイトキャップをかぶっています。その頭が妙な形をしていました。

「おばあさま、なんだか……今日はいつもと違うみたい」

「違う? どこが?」

「まずは耳よ。おばあさまの耳はそんなに大きかったかしら?」

「おや、大きいかい? お前の声をよく聞きたいだけなのに」

「おばあさまの目はそんなに大きかった?」

「可愛いお前をよく見るためさ」

「手もおかしいわ! おばあさまの手なのに、なぜそんなに大きいの?」

「可愛いお前を抱きしめるために決まってる」

「なにより変なのは口よ! どうしてそんなに大きいの?」

「それは――」

 突然、バッと布団がめくれました。ベッドにいたのはおばあさんではありません。森で出会ったオオカミです。

オオカミは目をらんらんと輝かせ、赤ずきんに飛びかかりました。

「お前を食べるためだ!」

 赤ずきんは視界が真っ暗になりました。


第18話↓


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