「変わり者メルヘン」第16話

 女の子は慌てて立ち上がり、「ごめんなさい。私ったらよそ見しちゃって」と、籠の中身を拾いました。

 グレーテルと父親はサッと身をかがめ、女の子の荷物を拾いました。

ヘンゼルも荷物を拾うのを手伝います。母親だけは冷たく腕組みをしたまま立っています。

母親は見返りのない行為が嫌いです。親切心から誰かを助けるなんて損だと思っていました。

 二人の子どもと父親は散らばった荷物をせっせと集めました。

ヘンゼルが顔を上げると、赤ずきんの女の子と目が合いました。

「どうもありがとう」

 ふっくらとした頬に可愛いえくぼが浮かびます。ヘンゼルは思わず手を止め、その笑顔をまじまじと見つめました。

 いい家の子なんだな。

 幸福で豊かな恵まれた女の子。人と目が合えば微笑むよう育てられた女の子。

 ヘンゼルは拾ったりんごを見下ろし、込み上げてくる唾を飲み込みました。空腹はもう限界に達しようとしています。

今すぐかじりついてしまいたい。

でも、この育ちのよさそうな女の子の前でそんな振る舞いをする自分を想像すると、みじめでたまらなくなりました。

ヘンゼルは乱暴な手つきでりんごを籠に戻しました。

「お嬢さんはどこに行くんだい」

 父親が穏やかに尋ねました。

「おばあさまのお見舞いよ。森の中に住んでいるの」

 赤ずきんは言いました。

「風邪を引いちゃったんですって。でも、きっとすぐよくなるわ。おばあさまの好きなものをたくさん用意したもの。

焼きたてのパンに、新鮮な果物に、おいしい葡萄酒。なにより私とおしゃべりするのが一番の薬だって、おばあさまはいつも言うの」

 ぐーっと音がしました。グレーテルが真っ赤な顔でお腹を押さえました。

 赤ずきんは不思議そうに首をかしげました。

「お腹が空いてるの?」

「い、いいえ」

 グレーテルは必死に首を振りました。

その傷ついたような顔を見て、ヘンゼルはグレーテルが自分と同じみじめな思いをしていたことに気づきました。

「これ、荷物を一緒に拾ってくれたお礼。よかったら受け取って。とってもおいしいパンなの」

 赤ずきんは籠の中からいい匂いのする袋を出しました。

 グレーテルはぼんやりと袋を見つめ、手を伸ばしましたが、ハッと我に返ったように手を引っ込めました。

「だ、だめよ。もらえないわ」

「どうして?」

 赤ずきんはびっくりした顔で尋ねました。

「だって――」

「もらっときゃいいじゃないか」

 母親が猫撫で声で言いました。組んでいた腕を解き、作り笑いを浮かべると、粘ついた視線で舐めるように赤ずきんの持ち物を見ました。

その視線だけで、ヘンゼルはこの空間が汚されたように感じました。

 赤ずきんは母親の視線には気づかず、にっこりと笑っています。

「いっぱいあるから気にしないで。好きなのを選んでちょうだい。ほら、こんなに――」

「いらねえっつってんだよ」

 ヘンゼルが低い声で言うと、赤ずきんはびくりと震えました。

ヘンゼルは不機嫌な顔でグレーテルを顎で示しました。

「こいつは……あんたに早くおばあさんの見舞いに行ってほしいんだ。見舞いの品に手をつけたくねえんだよ」

 血のつながりはなくとも、ヘンゼルは誰よりもグレーテルの気持ちをよく知っています。

ヘンゼルは母親譲りの鋭さを、グレーテルは父親譲りの優しさを持っていました。

「早く行かないとパンが冷めてしまうわ」

 グレーテルは恥ずかしそうに囁きました。

すると、赤ずきんはいっそう柔らかな笑みをグレーテルに向けました。

「あなた、とっても優しいのね。じゃあ、お先に行かせてもらうわ。ありがとう」

 グレーテルは頬を染めました。母親は小さく舌打ちしました。

 だけど妙だな。

 赤ずきんの背中を見送りながら、ヘンゼルは思いました。

 大切な娘なら、なんであんなに目立つ赤ずきんで森に出すんだ?


第17話↓


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