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『シンデレラ伯爵家の靴箱館』コミカライズスタートのお知らせと小説版裏話

拙作『シンデレラ伯爵家の靴箱館』のコミカライズがスタートすることになった。
靴職人の主人公エデルと、シンデレラの末裔である貴族アランが、いわくつきの靴を回収していく、魔術と童話のお仕事ファンタジーである。

あき先生による「シンデレラ伯爵家の靴箱館」第1巻表紙。童話『赤い靴』がモチーフとなった。


漫画版を手掛けてくださったのはしんき先生。ネームを拝見した時点で、あふれる熱意がビシビシ伝わってきて、おそらくシリーズ全巻を読まなくてはできない表現もしてくださっていた。タイトルにもなっている「靴箱館」に足を踏み入れたエデルが、靴箱で埋め尽くされるアンティークな館に圧倒されるシーンがあるのだが、それが私のイメージそのまま、むしろそれ以上であった。
第一話、ぜひ読んでいっていただきたい。

以下、コミカライズスタートの記念に、当時の思い出を振り返ろうと思う。
このシンデレラシリーズ、デビュー作『アラハバートの魔法使い』完結後の2作目となり、私にとっては初めて3巻を超えた作品だ。
(この後3巻を超えるシリーズを出せたのは『廃墟シリーズ』のみである)

当時のライトノベルのシリーズで、「3巻の壁」といわれるものがあり、売り上げが伸びなければ3巻で打ち切られてしまっていた。その3巻の壁すら今となっては景気が良い話で、今は打ち切られるときは1巻も当たり前の時代となっている。

なので、2010年代中期、3巻の壁を超えることが当座のところの目標となっていた。

このシンデレラシリーズ、今でこそ言えるが、3巻どころか「2巻で打ち切りなのでもう話はたたんでしまってください」と言われていたのである。


シリーズを続けて読んでくださっていた方は、2巻を読んだ時点で重要人物の話は一度片がついてしまっていたので、「え……これで終わりか……?」と思ったかもしれないが、残念その通りです……といった状態であった。
(のちに、5巻「偽りの乙女は時をかける」で彼が復活し物語に統合されるのはこういった経緯からで、最初から売れ行きが好調であったらもっと違ったルートを考えていた)

私はイラストレーターのあき先生の大ファンで、せっかく一緒にお仕事ができる機会に恵まれたのに、こんなにすぐにお別れなんて……と打ちひしがれていた。

辛い思いで最低限の伏線だけでも回収せねばと2巻の原稿『荒野の乙女は夢をみる』を書き上げた。

『オズの魔法使い』をテーマにした第二巻。



その校了直前に連絡をもらい、「なんだか1巻がすんごいゆっくり伸びてるからもしかしたら3巻までいけるかもしれない」というひどく曖昧な状態のまま2巻発売、その後なんと1巻ではなく2巻が先に重版した

これが私の人生初・その後めったにお目にかかれない重版体験だったのだが、「仲村のこれはもう見込みがないので2巻の初版部数を削ろう」とゴリゴリに削ったら、1巻を買ってくれた層がほぼそのまま2巻を購入してくださったため、このようなミラクルが起きたとのことだった。

当時発売してすぐに購入してくださったみなさん、改めて言います。本当にありがとうございました!
ライトノベルは初速が命で、最初の2週間~遅くとも1か月以内に買ってもらえなければもう続きは見込めないと言われていたので、このパターンになったのは奇跡に近かったです。

重版したということは、シリーズを続けられるってことですよね!
私はわくわくしながら担当さんにそう言ったが「でもこれは営業の判断で部数を削った結果、ふたを開けてみればちょっと足りなかったというだけで、そもそも好調に続刊を出せる数字ではないから、重版としてはカウントしないよ」と言われたのである。

なんでだよ。カウントしてくれよ。重版は重版じゃないか!
担当さんもまいっていたのか「もう石油王にでもなんでもお願いして3千部くらい買ってもらってよ」と言っていた。これが100万部でないのがリアルすぎる感じである。

そうしてなんとか3巻の原稿を書くにこぎつけた。3巻で本当の本当に完結。最後の総仕上げだ!といった具合である。
3巻の「仮面の乙女は真を歌う」で恋敵的役割のシレーヌを出し、主人公エデルとヒーローのアランの恋を盛り上げ、恋愛面で決着をつけて完結にしようと思っていた。(2巻ですでにこの作品の第一の黒幕の話は決着をつけてしまった為)

そうしてプロットを作り、原稿を半分ほど書いたところで、担当さんから電話。「4巻いけるかもしれない……」だったのである。


いける……
かも……
しれない……


えっ、いけるの!?


でも、4巻って売れてる人しか出せない巻数でしょ!?
いけるってある!?


と私は相当疑心暗鬼になっていた。

おそらくだが、1巻を読んでくれた人が2巻も手にして、その後人にすすめてくださったのかもしれず、1・2巻の売り上げが、徐々に少しずつ伸びており、3巻の数字がこのまま落ちなければ、4巻の道がひらけてくるかもしれないとのことだった。
(何度もしつこいかもしれないですが当時支えてくださったみなさん本当にありがとうございました)

しかし、3巻の数字を見なければ4巻がわからないということである。
私は賭けに出て、とりあえず4巻が出せることにベットし、3巻の展開を決めた。でも、ぎりぎりに差し替えできるよう、完結するパターンの原稿も用意していた。

こんなにおそるおそる続くシリーズって他にあるのだろうか……だいたいみなさん1巻がスパーンと売れて、その後は終わりのタイミングなど心配せず、まあ終わるにしても作者の匙加減ですね、といった感じなのでは……どの方も、3巻を超えるような作品を書いているような作家さんは、余裕をもって物語を書いているように見える(私目線)のだが。

シンデレラにいたっては、完結巻を何度も書きながら「まだいける!まだなんとか道はあるかもしれない!」と担当さんと草の根をかきわけて進んでいった作品だったのである。書いているのは靴と童話のキラキラしたテーマなのに、あまりにも進行が泥臭すぎる。

というわけで、1冊につき「完結巻になってしまったパターン」と「まだ続きが出せることになったパターン」の2通りのプロットを用意し、それを中3ヵ月程度で書き上げて発売しなくてはいけなかったため(続刊水準ギリギリで進行しているシリーズだったので刊行が遅れる=ついてきてくださっている読者さんをとりこぼしてしまうだった)常にスケジュールがきちきちで、しかもこのときから変わらず会社員をしており、いつも蕁麻疹との戦いだった。

とりあえず完結したパターンを書いておき、1冊を書き上げる直前に「次まだいける!」と言われた時は後半から書き直して原稿を差し替えていたので、いつも時間がなく、あせりまくっていたのである。
1冊を刊行するのに、普通の文庫の1.5倍くらいの文章を書いていた。

シリーズ第1巻「恋する乙女は雨を待つ」の発売から1年後、ようやく1巻の重版が決まった。

担当さんから「いやあ、逆にすごいよこれは」と言われた重版だった。
1年かかってしまったが、私のような作家を信じてシリーズを買い続けてくれた人がいたこと、作品を勧めてくれた人がいたこと、すべての人が協力してくださった結果の、私にとっては勲章のような重版だった。
(ちなみにこの重版はきちんと重版としてカウントしてもらえました)

そして、なんだかんだと5巻を発売することになったとき、「シンデレラは7巻でおしまいです」と言われた。「次でおしまいだ」と言われ続けたこのシリーズの2巻先が確約されたのだ。しかも営業側から6巻でいいよね、といわれたところを担当さんが何とか粘りに粘って7巻をもぎとってくれたそうだった。営業さんも許してくださってありがとうございました。
私は残りの紙幅でエデルとその父レイについての確執を解決し、2巻でお別れしてしまった気に入っていたキャラクターを再登場させた。

最後まで「短編集が出したい」と食い下がっていたのだが、結局は叶わなかった。でも2巻でおしまいと言われたあの日からここまで来られたのである。あがいた。やるだけやった。悔いはない。
シンデレラ伯爵家の靴箱館は、こうして物語に幕を閉じた。



そうして、第1巻発売から10年後の2024年。



『シンデレラ伯爵家の靴箱館』にコミカライズのお話がきています――。

久々にビーズログ文庫の担当さんから連絡をもらったのである。
今思えば、この作品は「持っている」作品だった。
挿画にあき先生がついてくれたのもそうだし(文庫の巻末にはおまけイラストも描きおろしてくれた)、終わる終わると焦りながらも、もがく力があり、最後まで走り抜けることができた。

順調に売れていたら書きたかった理想のルートはあったけれど、そうでなかったからこそできた展開もあった。
いつだってすぐそばに打ち切りが待ち構えていたから、なおさら食らいついて、最後まで絶対に投げ出したりしない、とも思えた作品だった。

私は、どの作品でも手を抜かずに書こうと思っているし、そのときの自分が出し切れる全力を注いでいるが、その中でも「持っている」作品とそうでない作品があることを学んでいた。

「持っている」作品だったら、埋もれてしまってもどこかで誰かが見ていてくれて、また這い上がることができる。
電子オリジナルで発売し、そのまま静かに完結した廃墟の片隅で春の詩を歌え」が文庫化し、シリーズ化したこともそうだった。あれも、読んでくださった方が力になってくれたのだった。

私ひとりの力ではなく、多くの人が支えてくれて、ここまでこられた。ひとりひとりの力が作品の命の長さにつながった。シンデレラシリーズは、私にそれを教えてくれた作品だった。

主人公エデルは、都会の靴店に働きに出て、人とのかかわりから多くのものを学んでゆく。
これを書いていた私もまた、たくさんのことを学ばせてもらった。物語は、読む人がいなければ、関わってくれる人がいなければ、けして成立しないのだということを。

コミカライズ。当時の私があこがれていたが、機会に恵まれることのなかった夢だった。今はコミカライズ全盛期時代と言われているが、10年前は人気作品だけが獲得できる夢の切符だったのだ。これだけ多くの作品があふれる中で、シンデレラは再び表に出ることができた。
時を経て今回のコミカライズが実現したことは、この作品らしい運びだなと思っている。

しんき先生は小説版ではさらっと流してしまった箇所も丁寧に描いてくださっていて、新鮮な気持ちでネームを拝見した。


また、漫画でエデルやアランに会えることを、なによりも私が、一番楽しみにしている。