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張さんが語る「トヨタ生産方式」|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第4回

■「企画書は書いたことないよ」

 以下はわたしが初めてトヨタ生産方式について、当時、社長だった張富士夫にインタビューした時の抜粋だ。いま読むと、トヨタ生産方式について、まったく理解していない自分の程度の低さが恥ずかしい。

 だが、張さんはわからない相手になんとか理解させようとトヨタ生産方式について、かみくだいて説明してくれた。

 ただし、この時の質問のテーマは「トヨタ生産方式とは何ですか?」ではない。「張さんは企画書を書いたことはありますか?  トヨタの企画書とはどんなものですか?」
 それは『企画書は1行』という新書のための取材だったからだ。

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 ――私(張)は現場のカイゼンをずっとやってきました。きちっと企画をしたり、企画書を書いたのではなく、現場へぱっと出て、ムダを見つけてそいつを直したんだよ。それでまたチェックして、よければ横の部署、横の工場へ広げていくこと(トヨタ用語でいう横展=ヨコテン)をやっていた。そうして全体の仕組みを作っていった。それがトヨタ生産方式なんですね。

 社長の現在ではなく、現場にいた頃はトヨタ生産方式を「山登り」に例えてましたよ。山を登ろうにも麓にいては登山道がわからない。いつ何合目に行きますなんてことは、とっても企画書には書けない。

 まず一番手前の見えるところの、少し高いところへ登って、それで周りを見てみようじゃないかと。そうすると、景色が変わりますから、こっちへ行けばいいとかあっちへ行けばいいとわかる。最終的には山のてっぺんに上がるにしても、どういうルートを通って、どれぐらい時間をかけてやるかというのは、途中までカイゼンしなければわからない。

 トヨタはベター、ベター、ベターなんです。ベストの追求じゃありません。ひとつひとつ仕事をこなしながら、つねにカイゼンしていく。僕らは、その当時、「床屋の看板」と言ってましたね。ぐるぐるまわって、だんだん上へ行くでしょう。カイゼンってああいうことなんですよ。

■「標準」の重要性

 ――トヨタ生産方式にカイゼンはつきものです。カイゼンの前提となるのが「標準」。僕らの考え方は、標準のないところにカイゼンはないということ。簡単なことです。毎回違うことをやっているところでは、どれを基準にカイゼンしたらいいのかわからないでしょう。だから標準が大事なんです。

 たとえば今日は3人で仕事をしております。しかし、ひとりでやれば十分な仕事だから、手待ちができる。

 「こんなもの、ひとりで済むのなら、ひとりでやればいいじゃないか」

 そうして、ひとりでやらせてみる。しかし、その現場は、翌日は作る量が3倍になるという。

 実際にあった話ですよ。

 「量が増えたら、どうすればいいんですか」と現場から聞かれる。

 この場合のカイゼンはまず、毎日、同じ量だけ作るようにすること。工程も順序をきちっと決めて標準作業にする。そうして標準作業のなかで、1個を何分何秒で作るかを決める。

 現場には標準作業を全部、表示してわかるようにしようというわけです。さらに、問題があったらラインを止めましょう。止めたら「アンドン」(電光表示板)にポンとランプが点くようにしましょう。

 これはすべて標準化なんです。そして、「目で見る管理」なんです。

 工場の中は広い。2万坪(約6万6000平方メートル)くらいありますし、何百人も働いています。そんなところに入って行ったって、何がどうなってんだってわかりませんよ。

 ところが、天井にアンドンがついているのを見ればわかるんです。アンドンをしばらく見てると、いつも同じところでランプが点いたりする。そこに異常がある。異常があるとわかる。アンドンがあれば目で見てわかる。

 そこへ行って、何が起きたんだと聞く。「そういえば今日はサプライヤーから入ってきた部品がどうもおかしかった」、あるいは「サプライヤーに何かがあって欠品してます。それでちょっと混乱してます」「ベテランの作業者が休んだから、新人を入れたけど、ラインがなかなかうまくまわらないんです」…。

 そういうことがわかるようになっているのがトヨタ生産方式です。

■仕事をコントロールしろ

 ――野地さん、工場をご覧になるとわかりますよ。ちゃんと解説者を付けます。素人が見てもわかりません。毎日そこで働いている人間だって、実は工場のことをよくわかっているわけじゃないんですよ。

 私が(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんと現場に行くわけです。見ると、後ろの方に一山の在庫ができてる。

 大野さんが担当者に「これは君が作らせたのか。それともできちゃったのか」と聞く。

 答えられないよね、そんなもの。どっちを答えたって、大野さんからバカ野郎って言われるだけですから(笑)。

 大野さんは私に横についていろ、と。たとえ部品ひとつでも、人の動きがちょっとでもおかしいなと思った時に感じろ、と。なぜこんなことをやるんだということを一緒になって、わしと同じような見方をしろというわけです。

 ところが、最初は大野さんがおかしいと思うことをなかなかおかしいと感じられないんですよ。ただし、現場にいるうちにいろいろ見えるようになってくる。その都度、作業の仕方が違うとか、物の置き方だって全然決まってないなとか。ある現場では在庫の量が決まってないこともあれば、ラインのスピードだって決まってない…。

 そういうのを見て、大野さんはこう言いました。

 「張、お前たちは乗馬をしたことがあるか。乗馬というのはちゃんと人間が馬をコントロールするから乗馬なんだ。オレがやると乗馬だけれど、お前たちの現場は『馬なり』だ。馬が勝手に動いているじゃないか」

 だから、まず標準作業なんです。それは簡単なんですよ。たとえば1か月に1万個作りましょうと。1か月を20日間とすると、1日500個になります。1日500個を1直でやるとしたら…、1直というのは約7時間だから、420分ですね。420分で500個を作ろうとすると、1個あたり、だいたい50秒ですかね。

 まあそれは計算すればできる。そうすると、ベルトコンベアを50秒のスピードに決めちゃえばいい。それで、問題があったら止めるようにボタンをひとつ渡すだけ。問題があればラインを止める。そうすると、進み過ぎはできません。

 あと、やることは人の動きを見ていればいい。あ、この人は手待ちだ。この人もそうだ。

 それじゃ、この人とこの人と仕事を詰めていこう、と。そうやっていくと仕事はずっと詰まっていきますよね。詰まったからといって、作る部品の数は決まっています。かんばんがあるだけ作っていいと決まっているんです。そして、在庫の量はだいたい20分とか30分とかで作るだけにする。

 それでいいんです。でも、昔はそれがなかなかできなかった。いや、今でもできていないところはありますよ。

■在庫

 ――かんばんとは元々、作り過ぎを抑える道具です。かんばんの機能をきちっと守り続けるのが製造会社にとってはいちばん大事なことなのではないでしょうか。

 製造会社がおかしくなるというのは、在庫がたまって、それで赤字になっちゃうこと。ライバル会社が頑張ったとか、そういうことじゃないんです。ライバルに負けたっていい。負けてもいいというか、売れる数が1割、下がったら、作るのを1割、下げればいいんです。それを頑張って作っちゃうから、だから売れないものができちゃう。

 将来もっといい方式ができれば変わるかもしれないけれども、今は私どもは、ジャスト・イン・タイムが大事だと思っています。作り過ぎをしないことなんです。

野地:どうして、(トヨタ創業者の)豊田喜一郎さん、大野さんは「ジャスト・イン・タイム」ということに気がついたのですか?

 ――それは喜一郎社長と大野さんに聞いてみないとわからない。「ジャスト・イン・タイム」は喜一郎社長が言いだしたんです。

 しかし、どう具体化させるのかがわからなかった。ぴったり、合わせようとして部品を持ってきてもらうのは、ものすごく難しい。そこで、大野さんは1回分だけ先に工場に持ってきておけ、と。それからあとは、使った分だけ、持ってきてもらうようにしよう、と。

 僕の上司の鈴村(喜久男)さんがいつも言ってました。

 「ジャスト・イン・タイムとは競馬の馬が走った後で馬券を買うようなもんだ。確実なんだ。走る前に馬券を買うと当たらない。走って、ゴール前に買えば絶対に当たる。
 いくら計画を立てても、計画した数だけ車が売れるなんてことはない。しかし、売れた分だけ作るのは確実だ。だから、俺たちは売れた車だけを組み立てることにしたんだ」

■人間性の尊重

 ――トヨタのいちばんのベースは人間性を尊重することです。それは何かといえば、考えることなんです。人間が他の動物と違うところは、考える能力があることだ、と。

 だから、どんなに忙しくてもトヨタでは牛や馬のように言われた通り動いていればいいなんてことは言いませんし、しません。人間は単なる労働力ではない。それは人間性の否定です。

 私どもでは、考える余地をひとりひとりが持つようにと、標準作業についても全部、自分で考えさせるわけです。

 標準作業には3つの要素があります。

 タクトタイムというのがあります。1個を何分何秒で作らなきゃいけないか。

 それからどういう回り方(効率的な作業の順序)をするかという手順があります。

 3つ目には、どこに手持ちを置いておくかなどを決めておくこと。

 この3つを決めないと標準作業がものすごくムダだらけになってしまう。標準作業そのものは働いている人が決める。やりにくいところはすぐカイゼンする。保全のなかにカイゼン班があって、こういうふうに直してくれと言ったらぱっと寄ってきて、みんなが直してくれる。

 言ってみれば、つねに考えながら仕事をする。つねに課題を与えて、考えることが、働くみんなが生き生きと仕事をやる大前提だとしているのです――。

 あの時、張さんは身振り手振りで一生懸命、説明してくれた。しかし、ほんとに申し訳ないけれど、ほとんどわからなかった。それがわかるようになるまでには時間がかかったのである。

(文中一部敬称略、次回に続く

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