夜鷹無限上昇(DisGOONie)

DisGOONieSで行われた舞台、饗宴『夜鷹無限上昇』を見てきました。

とても素敵な舞台でした。

天才とは何か。
才能とは何か。

私たちが天才だと思っている人たちは本当に天才なのだろうか。

いろいろな事を考えてします。


お話についての感想もたくさんあるのですが、ここでは、ちょっと違う話がしたいなぁと思います。

私は千秋楽を見に行ったのですが、カーテンコールで出演者の皆さんと、作・演出のほさかようさんが少しだけお話ししてくれました。

その中で何人かが窪寺(昭)さんについてお話しされている方がいらっしゃって。
主演の谷口さんもそうですし、ほさかさんも。
とても大切な人として窪寺さんの名前を出していらしたように思います。

そのお話を通してこの物語を考えると、これは窪寺さんに向けた物語だったのではないかなと感じました。


“本当の音楽”は聞こえていても、自分の能力ではそれを再現することができず、周りの誰にも共感してもらえない。

その中で、音楽とは何か、そんなものは本当に存在するのか。

あの時自分が聞いたあの音は本当に聞こえていたのか。

そう苦悩しながらも、それでも最後には、自分の書いた曲を通して“本物の音楽”が聞こえた仲間を見つけられた。


このお話は窪寺さんへ
「あなたの才能は私たちからすれば星のように尊いものだったが、それはあなた自身が魂を燃やして灯していた光だった。無限に上昇した夜鷹と同じように。
僕たちからすれば、あなたのその存在そのものが希望で、星のようだった。
どうか、あなたと同じ“本物”を見えたと思いたい。そして、あなたと見た“本物”と同じくらい素敵な物語を今後も描くから、そっちに行くまで待っていろよ」
と、言っているような気がしました。


私自身は、窪寺さんが出ていた舞台をそれほど多くは見ていないのだが、それでも素敵な役者さんだと思った。

とても面白くて、チャーミングな人だなと。
もちろん、演技はめちゃくちゃうまかった。

そんな人への、追悼と愛がこもった舞台だったのではないかなと私は感じました。

あんなに素敵な人は他にいないのだ、と関係者みんなが思っているのではなかろうか。
そうだったらいいなと、見ているこちらが感じるような素敵な舞台でした。


あくまで個人の感想なので、違うところも多々あると思います。ご了承ください。
合わせて、初めて投稿するため至らぬ点も多々あるだろうとも。
そして舞台を見た方にしか分からない書き方をしてしまっていることについても謝罪を。

こんな感じで、思ったこと感じたことを思うまま書いていこうと思います。


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