僕のふつーの生活(對馬考哉)

 えーっと、これでいいのか。はい、えー、拝啓、智子さんへ。これから僕の住んでいる町を紹介します。今、映っているのは僕の家の最寄り駅です。見た通りの無人駅です。高校の頃は電車通学だったので、今その時のことを思い返しています。壁に落書きがあります。「FUCK」とか「殺」とか書いてます。この辺りはヤンキーが多いです。僕も中学生くらいの時はよくカツアゲされたり、石を投げられたりしました。今その人たちはどうしているか分かりませんが、きっと家庭をもって真面目に働いて、僕にひどいことをしたことなんて忘れていると思いますが、僕だけは覚えておこうと思います。
 ここから僕の家まで真っ直ぐな道が続きます。何せ田舎なもので、人通りも車もあまりありません。誰にも見つからないようにしないといけないね。実は久しぶりに家の外に出ました。僕は知ってのとおり、救急車やパトカーのサイレンや、人の怒鳴り声なんかが苦手です。怖くて仕方がありません。よく君にも迷惑をかけましたね。いきなり何かのサイレンが鳴ってパニックを起こした時、君は優しく対応してくれて、後日耳栓をプレゼントしてくれましたね。あれは今でも使っています。あ、次に紹介したいところが見えてきました。
 ここが僕がよく行く公園です。橋の下にある河川敷公園です。これができたのは僕が中学生の頃でした。当時僕はバスケ部だったので、バスケットコートのあるこの公園でよく練習しました。これは言うべきか迷ったのですが、性の芽生えもここで経験しました。この公園にはよくエロ本が捨ててあるのです。ほら、あるでしょ? ベンチの下が狙い目。こういうのを僕たち中学生は夢中になって拾い、家で見てオナニーをしました。そういえば覚えていますか? 初めてセックスをした日に、僕は何をしても射精しなかったですよね? その時君は僕にオナニーをするように言いました。何か恥ずかしかったですけど、すぐに射精して、君は拍手をしました。あの時から僕は君を崇拝に近い形で好きになっていったんです。僕は初めてだったけど、君は処女ではなかった。でも君のことが好きです。
 これが僕の家です。今は僕と父母で暮らしています。姉は東京で結婚してあまり帰っては来ません。僕の甥っ子はとても可愛いので、今度写真を見せますね。家の庭には今アジサイやヒマワリやよく分からない草花が植えられています。母親がとても植物が好きなので、こういう庭になっています。その代わり虫が多いです。特にこんな暑い日は虫が近寄ってきます。すごく嫌です。
 これが僕の両親です。今寝ているので静かです。父親も母親も最近ボケてきていて、米粒を全身にまとわせています。たまに米粒が動いていることもありますが、それはたぶん僕の気のせいです。ほら、ただの米粒だよね? 父親と母親はとても仲が悪かったのですが、今はこうして二人並んで寝かせています。身体がほとんど動かなくなっても、僕は面倒を見続けています。今おならでもしたのか、とても臭いです。庭から入って来た虫がいっぱい飛んでいます。蚊取り線香を置いているので、蚊はいないと思います。
 ここが僕の部屋です。僕が本が好きなのは知っていると思いますが、このようにいっぱい本が並んでいます。あ、これはペットのミサキちゃんです。最近飼い始めました。それからベッドですが、えーっと……すごく汚いです。どろどろした赤い……赤かったケチャップをこぼしてしまったんです。シーツがどこにあるのか分からないので、今度買おうと思います。押し入れにはいっぱい服があります。ミサキちゃん用の女物の服もあるのですが、ケチャップがついているので、君がここに来る前に洗濯をしておきます。
 さて、ここまで案内してきましたが、どうですか? 来たくなりましたか? 君は僕のすべてと言っても過言ではないです。世界の終わりとは君がいなくなることだと僕は思っています。君と別れてずいぶん経ちました。五年くらいかな? 君はとても怯えたような顔をして僕と住んでいたアパートから逃げ出したのを覚えています。その時君はいろいろなことを言ったはずなのですが、僕は何も覚えていません。嘘じゃない。だから君を恨んでなんかいません。むしろもっと君に興味が湧きました。だから僕は君のことをずっと愛しています。この気持ちはきっと変わらないでしょう。君がもし僕以外の人のことを好きになっても、です。君と別れてから僕はあまり人生がうまくいっていません。それこそ両親の介護や、近隣住民の不審な目、大きな物音、ぜんぶが僕を追い詰めていき、君しか僕を救えないような気がします。君は僕にいろんな法律やその罰則を教えてくれましたね。君は頭が良いから僕はとてもかしこくなりました。だってそれらの事柄なんてふつーの生活をしていては身につかないものでしょう? 僕は本当に君に感謝しているんです。
 あ、パトカーが近くを通ってる! 耳栓、耳栓……ほら、君からもらった耳栓だよ。もしこの動画を観て、僕の家に来たくなったら、いつでも連絡ください。連絡先は変わっていません。これは僕の予言ですが、君が最後に見るものはきっと僕です。それではどうぞお身体に気をつけて。さようなら。

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