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「わたしのトリセツ~機動戦士Zガンダムを観て」

この文章は「文学サークルお茶代」の2024年4月のジユー課題1「わたしのトリセツ」の投稿作品です。(詳細リンクhttps://x.com/ochadaiofficial/status/1777270758655615174

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わたしのトリセツ、つまり自己紹介。

自分の人となりを伝えるために、手っ取り早いのは自分の好きな音楽や映画や漫画や小説なんかを挙げていくことだと思います。でも自分の好きな作品なんて、30年以上生きていると沢山ありすぎて話の収拾がつかなくなりそうです。

というわけで、いま私が最もハマっている作品「機動戦士Zガンダム」について語りながら自己紹介をしていきます。

「機動戦士Zガンダム」とは?

ガンダムといえば、日本が誇る富野由悠季が監督するアニメ。内容は知らなくても老若男女を問わず、名前とあの見た目はわかると思います。

「機動戦士ガンダム」(以下、初代ガンダム)は1979年から1980年まで放送されました。宇宙コロニー・サイド3が「ジオン公国」を名乗り、「地球連邦政府」に独立を宣言し、戦争を仕掛けた「1年戦争」を舞台にした話です。

その放送終了から5年後の1985年に「機動戦士Zガンダム」は続編アニメとして放送されました。

Z(ゼータ)ガンダムの舞台は「1年戦争」の終結から7年後。旧ジオン軍の「残党狩り」を名目に勢力を伸ばしてきた「ティターンズ」という地球連邦内のエリート軍組織が登場します。彼らは連邦内の組織でありながら、その横暴さから反感を持つ人々が多くいました。

そんなティターンズに対抗するのがエウーゴ(A.U.E.G.=反地球連邦組織の略)です。こちらの組織には、本作の主人公であるカミーユ・ビダンが参加していきます。

1年戦争の7年後には、地球連邦の内部で様々な勢力が争っていたという状況です。主人公の側がエウーゴ、敵側がティターンズとなります。

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カミーユとティターンズ

主人公のカミーユ・ビダンは日頃からティターンズに反感を持っている、宇宙コロニー・サイド7「グリーンオアシス」で暮らす17歳の少年。
そんな彼は偶然からティターンズの建造していたガンダムMarkⅡを強奪し、エウーゴに合流して戦争に身を投じていく。
そして、戦いを通して苦悩しながらも成長していく。これが、Zガンダムの大まかな筋です。

カミーユの人物造形は、ファンの間では「かなりイカれてる」とされています。第一話で、ティターンズのジェリド中尉に「カミーユ?女の名前か」と言われたことにブチギレて、いきなりぶん殴ります。何の面識もない初対面のしかも軍隊の人間をぶん殴るのですから、常軌を逸しています。
ティターンズに反感を持っているからと言って、いきなりぶん殴るのは無軌道すぎます。

これを読んでいる人の中には「戦争の世界の話だから、血気盛んな若者くらいいる」と思うかもしれません。しかし、カミーユの暮らす宇宙コロニー「グリーンオアシス」は非常に平和でカミーユはキャンパスライフを送っています。
今の日本で暮らす僕たちとそう変わりありません。そんな僕たちと変わらないカミーユが世の中に対して怒っているということが、とても重要なのです。

私はこの場面を観たときに「すべてが完璧」だと思いました。YouTubeのガンダムチャンネルで第1話が無料で見ることが出来ます。(https://www.youtube.com/watch?v=YMQrCvkxw10&t=528s
これを見て面白いと思った人は、Amazon Prime など各種サブスクで見ることが出来るので、ぜひ続きを観てほしいです。
「つまらない」「意味が分からない」と思った人とは仲良く離れないかも知れません。

私が自分とカミーユを重ねたことのひとつが「怒り」です。

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ニュータイプと理想

もうひとつ、ガンダムシリーズにおいて重要なキーワード「ニュータイプ」について説明していきたいと思います。

「ニュータイプ」とは、初代ガンダムで登場した概念で、宇宙に進出し生活するようになった人類が、新たな環境に適応する中で目覚めた特別な能力のことです。
「時空を超えた非言語的コミュニケーション能力」を持つ新しい人類のことで、ものすごく簡単に言えば、相手の心や感情が直感的に分かってしまうエスパーのような人間です。

物語の中盤でカミーユはフォウ・ムラサメという女性と出会い、引かれ合っていきます。しかし、彼女は敵の「強化人間」でした。
強化人間とは人工的にニュータイプ能力を発現させる事を目的に改造された人間のことを言います。

ニュータイプの能力は本来「誤解なく人と人がわかり合える」ことができる理想的な能力として受け入れられるはずでしたが、エスパーのような知覚能力が戦争の兵器として役立つことが分かり、人工的なニュータイプ「強化人間」の実験が行われるようになっていたのです。

カミーユとフォウはお互い心が引かれ合っていきますが、戦争の兵器にされてしまったフォウは自我を失い、結局は分かり合うことはなく命を落としてしまいます。
カミーユは激しい悲しみの中に沈みます。しかし、カミーユが敵であるフォウと分かり合おうとすることに全く躊躇がなかったことは、私にとってはとても感動的でした。

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私とカミーユ

私は、人間というものは本来は分かり合える能力・可能性を持っていると思います。
しかし、現実の人間社会では決して分かり合うことなく、争いやいさかいが絶えません。それは、社会の中で人間は何かしらの立場・役割をもっているためです。

カミーユは人の立場というものを超えて、自分の生の感情をむき出しにします。
ある時は正義感から湧く「怒り」、ある時は共感する「優しさ」、ある時は他者の苦しみに同情する「哀しさ」。
ただ、物語の中でカミーユが喜ぶ姿は、ほとんどなかったように思います。それほど他者と分かり合うことは困難なことなのだと思います。

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文章の9割がZガンダムの説明と感想になってしまいましたが、それほど私がカミーユという人物に自分を重ねてしまったということです。
私は自分を曲げない頑固さがあると思います。あまりにも頑固すぎて融通が利かないので、今までこの性格で苦労してきました。

カミーユが自分の感情を偽らなかったこと、信念を曲げなかったこと、理想を捨てることは選択肢に完全になかったこと、すべてが自分のことだと思いました。

わたしのトリセツとして、ぜひ「機動戦士Zガンダム」をご覧ください。


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