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カブに乗って

    R423、新御堂筋と並行して電車が走っている。この路線は電車の中から道路が見える。大阪市内へと乗り入れているこの電車に一人の男が乗っていた。男は満員電車の車窓から、並行する国道を走るバイクを見ていた。
 男の名前は吉田博、今年五十歳になる。仕事はある上場企業の課長。順風満帆のサラリーマン生活だ。大阪郊外に家を建て、専業主婦の妻、高校生の娘、中学生の息子、犬。傍から見れば、絵に描いたような幸せな家庭だが仕事はきつい。この生活を守るためと頑張っている。博の趣味はバイクだ。今はSR500に乗っているが、もう何年もまともに乗っていない。車検後に少し乗るくらいで、あとはガレージに眠ったままだ。キック式のスターターが堪える年齢になった事もある。車検の度に、キャブレターのオーバーホールとバッテリー交換で高くつく。妻からは手放したらとよく言われるが、それはできない。博にとってバイクは自分の人生の一部だ。
博は高校生の時、バイクの中型免許をとり、中古で買ったヤマハSR400に乗っていた。ウィンカーとミラーを小さな物に交換し、キャブトンマフラーをつけて乗っていた。博が中学の頃からあこがれていたバイクのスタイルだった。
   博が中学生だった頃、近所の大学生が乗っていたSR400のスタイルがそうだった。よく家の前を通るそのSR400に、博はとても憧れていた。博は十六歳になるまで「オートバイ」という雑誌ばかり見ていた。十六歳になりすぐに原付の免許をとった。中学生の時の先輩からヤマハパッソルを貰い、中型免許の教習所代と、SR400購入資金を貯めるためにドーナツショップでバイトを始めた。高三年になる春休みには教習所代が貯まり、春休みはバイトを休んで教習所に通った。中免をとった博は、先輩がボロボロのCBX400Fを三万円で譲ってくれると言う話に心が揺らいだが、やはりSR400が欲しく我慢した。夏休み前に父が珍しくドライブに行こうというので車に乗って出かけた。普段あまり話をしない父だが、何やら上機嫌だった。父は自分の職場近くのバイク屋に博を連れて行った。そこにはSR400の中古が置いてあった。「足りない分は出してやる」父はぶっきらぼうに言ったが、表情はとても優しかった。
SRを手に入れた後、平日のバイトはやめたが、日曜日だけはバイトを続けた。クラブに入っていない博は学校が終わるとすぐに家に帰り、バイクに乗って出かけた。ただし毎日ガソリン代は五百円。毎朝、母に貰った学食代の五百円を、昼ご飯抜きにして浮かせ、ガソリン代に充てていた。その分、朝飯はドカ食いだ。毎朝、食パンを一斤食べていく姿を、博の母は不思議に思った。博には幼なじみの友達、謙一がいた。謙一はホンダのGB250クラブマンに乗っている。謙一の父と母は通勤にホンダカブに乗っており、その影響で謙一もホンダ党だ。父は90cc、母は50ccだ。博がバイクを買ったのを見て、自分も欲しくなり、父に相談したら、父が出入りしている店に連れて行ってくれた。そこでGB400TTに一目惚れしたがそれは値段も高く、隣にあったGB250クラブマンの中古なら維持費も安いので買ってやると父が言うので、それで良いと即答した。マフラーが少しへこんで、タンクにえくぼがあったが、初めて乗るには十分だ。謙一はまさかいきなり買ってくれるとは思わなかったので、平静を装っていたが、興奮していた。家に帰るとすぐに博の家に報告にいった。博もこれから謙一と二人で出かけられることを喜んだ。二人は夜まで、オートバイ誌の広告を見ながら、謙一のヘルメットを選んだ。


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