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[翻訳] 認知バイアス「損失回避」を受け入れること - なぜ勝ち組ポーカープロでも日々のセッションがつらく感じるのか by Patrick Howard

ポーカーのメンタルゲームとしての側面はやや軽視されがちですが、「損失回避」という、ポーカーにも深く関わる概念があります。
損失回避とは、簡単に言うと「利得よりも損失のほうが強く感じられる」という人間が持つ心理的なバイアスの一種です。

Patrick Howard @mobiuspoker

Mobius PokerのPatrick Howardが、この損失回避について書いたブログがとても面白かったので翻訳してみました。


損失回避を受け入れることを学ぶ 

2022/11/6

私の記事をいくつか読んだことがある方であれば、私がダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』がお気に入りだということをご存じでしょう。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(早川書房)

『ファスト&スロー』は経済学者のダニエル・カーネマンが自身の研究をまとめたもので、私のポーカーキャリア全体を形作った本です。説明するには難しい複雑な本ですが、簡単に言うと 「いかに人間が不合理であるか」を取り扱った、人間の意思決定にまつわる内容です。

この本のポイントは非合理さを取り除こうとすることではありません。そんなことは不可能です。代わりに自分の非合理さを理解し、よくある感情的意思決定の落とし穴を避けるための仕組みを作り上げることです。

ポーカープレイヤーが私にメンタルゲームについてアドバイスを求めて来たら、大抵最初に『ファスト&スロー』はもう読んだかと聞きます。

この本を読んで、その概念をしっかり理解できれば、なぜポーカーをプレイすることが本質的にストレスフルなのか、その理由の少なくとも80%は理解できるはずです。しかし皮肉なことに、こんなことを言うこと自体がまた不合理で、なぜなら、『ファスト&スロー』を最後まで読み切った人は7%しかいないとデータが示しているのです。

実際、この記事を開いたうちの多くは、最初の一文を読んで、ひどく難解な本に関する内容だと思って記事を閉じてしまうでしょう。幸い、私は自分自身も自分のライフワークも、人気がないことを理解しています。

ポーカープレイヤーにとって、この本の中でもっとも重要なコンセプトは「損失回避 (loss aversion)」という認知バイアスについて理解することだと思います。損失回避とは、簡単に言うと「利得よりも損失のほうが強く感じられる」現象のことです。カーネマンは以下の例でこの考えを説明しています。

あなたは、コイン投げのギャンブルに誘われました。
裏が出たら、100ドル払います。
表が出たら、150ドルもらえます。
このギャンブルは魅力的ですか。あなたはやりますか?

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(下)』

ポーカープレイヤーとして、私たちは期待値 (EV) の計算に精通しているので、これが非常に利益的なギャンブルであるとわかります。 このコイン投げの期待値は25ドルです。

しかし、このギャンブルは儲かるという事実にもかかわらず、必ずしも儲かるとは感じられないことにカーネマンは気づきました。

やるかやらないかを決めるにあたっては、150ドルもらう心理的利得と100ドル払う心理的損失とを天秤にかけなければならない。どうだろう、あなたはやってみる気になっただろうか。払う可能性のある金額よりもらう可能性のある金額のほうが多いのだから、ギャンブルの期待値は明らかにプラスである。それでもあなたは大勢の人と同じように、きっとこのギャンブルが嫌いだろう。(中略)多くの実験の結果「損失回避倍率」はおおむね1.5~2.5であることがわかった。もちろんこれはあくまで平均値であって、もっとリスク回避的な人はいくらでもいる。逆に金融市場で取引をするプロの場合には、損失許容度が高い。これはおそらく、価格変動に対していちいち感情的に反応しないためだろう。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(下)』

つまり、平均的な人にとって、1ドルを失うことの痛みは、1ドルを獲得することの喜びの約2倍強いということです。 これは、毎日何百回もの賭けに勝ったり負けたりするプロポーカープレーヤーに対して大きな影響を与えます。

私は自身の損失回避倍率は、2よりもはるかに低いと考えました。 コイン投げで500ドルのリスクを取る場合、勝ったときに少なくとも550ドル稼げれば、理屈だけでなく感情的にもこのギャンブルが魅力的になると思ったので、私は自分の損失回避倍率を約1.1と見積もりました。

ただここで、私のプライドが無意識に邪魔をしている可能性があります。 プロポーカープレイヤーとして、せっかく儲かる賭けを、ただの感情的な理由で断念する自分を認めたくはないと。ということで、自分の正直な気持ちとして、その分をわずかに上乗せし、1.15としました。

ではここで私のHoldem Managerのデータベースを見てみましょう。およそ20万ハンドのサンプルから得た結果をご紹介しましょう。私はこの20万ハンドを通じておよそ13.4万ドル勝ちました。

20万ハンドのサンプルの実収支

これは素晴らしい結果だと言えると思います。でも気持ちとしてはどうでしょうか。ポーカーをやっている人なら聞いても驚かないと思いますが、これだけ勝っていても気持ちとしてはそれほど良くはないです。事実、私のwin rate (EV) は7.7bb/100と非常に高いにも関わらず、その過程は非常にストレスフルでした。

これを勝ったポットと負けたポットに分解すれば、これほど私がストレスを感じている理由が明らかになるでしょう。

20万ハンドのサンプルのうち、勝ったポット
20万ハンドのサンプルのうち、負けたポット

私が勝ったポットの合計は256万ドル、負けたポットの合計は242万ドルでした。

256万ドル ÷ 242万ドル = 1.06

つまり、勝ち額 対 負け額の比率は1.06であり、先ほど見積もった自身の損失回避倍率である1.15を下回っていたのです!

そのため、私は勝っているにも関わらず、勝っているようには感じられなかったのです。実際、私は(ベテランポーカープレイヤーとして金銭的損失に対してかなり鈍感になっているにも関わらず)このお金を稼いだ喜びより、苦痛のほうが強く感じていました。

さて、どうやってこれに打ち勝てばいいか?違います。繰り返しますが、大事なのはこの認知バイアスを克服することではなく、これを理解すること。今回の場合、「プロポーカープレイヤーでいることはクソだ」ということを理解するのです。

Being a professional poker player sucks.

最近、聞いた話でとても気に入ったものがあります。
ある男性が家を購入したところ、配管が壊滅的であることに気付きました。 彼は2人の修理屋に電話しました。 両方の修理屋は現場を見て首を横に振りました。「この仕事は受けられません。 あなたいくら支払うかの問題ではありません。」
男は落胆しながら、3人目の修理屋を呼んだ。3番目の修理屋が現場を見て「大丈夫、問題ありません」と言いました。
男は「問題ない?この仕事は苦痛ではないですか?」と聞きました。
修理屋はこう答えました。「私の仕事はすべてが苦痛ですよ。」

ポーカープレイヤーとして成功し、このキャリアを長続きさせたいと思うなら、おそらく3番目の修理屋の考え方を身につける必要があるでしょう。 何をしても感情的には苦痛になること、そしてそれは単に脳がどう配線されているかの結果であることを理解する。そうして各セッションに臨めば、痛みを受け入れてそれから先に進むのがより簡単になるかも知れません。

大事なことは、痛みを回避できないということです。 単に歯を食いしばって無視するということはできません。 もしあなたがすべてのセッションを「感情的負け」で終え、その感情を処理する方法を持っていない場合、痛みは蓄積されます。痛みが長引くとトラウマとなり、燃え尽き症候群につながります。

これはプレイしているステークスに比例して加速します。 200NLや500NLであれば数年は上振れ下振れに対処できるかもしれませんが、2000NLや5000NLでプレイしようとすると、ものの数か月で燃え尽きてしまうかも知れません。実際にはあなたの収入もステークスに比例して増加しているので、非常にもったいないことです。

次回セッションに参加するときは、「これは私の仕事であり、大抵の場合はクソみたいな気持ちになることを受け入れよう」と自分に言い聞かせてみてください。 セッションの終わりに、負けたビッグポットを思い出して顔をしかめていることに気付いたら、自分が設定した期待を思い出し、痛みに溺れるのではなく、割り切って忘れましょう。

今日もクソだった。明日もクソだろうし、明後日も多分クソでしょう。毎日、このクソさを受け入れ、そして毎日勝つのです。

翻訳元:
https://www.mobiuspoker.com/blog/how-to-embrace-loss-aversion


翻訳は以上です。読んで頂いてありがとうございました!ぜひスキ・フォロー・拡散・投げ銭で応援して頂けると嬉しいです!

ちなみに「損失回避」に関しては『ファスト&スロー』の下巻に登場します。ブログ内に書いてある通り、全部読み通すのは結構しんどいので、その部分だけ読みたい方は下巻の購入をおすすめします。
興味ある方はぜひこちらのリンクからアクセスしてみて下さい。

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