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古今東西刑事映画レビューその36:インビジブル・ターゲット

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2007年/香港
監督:ベニー・チャン
出演:ニコラス・ツェー(チャン刑事)
   ショーン・ユー(フォン警部補)
   ジェイシー・チャン(ワイ巡査)

 「ジャッキー先輩、おつかれさまです! 香港の映画はオレらに任せてください!」
 ……と言うのが本作のキャッチコピーである。
恐らく日本の配給会社が付けたものだろう。説明するのも野暮だが、「ジャッキー先輩」とは勿論、香港のアクション映画界を牽引してきたジャッキー・チェンのこと。一見すると、今年還暦を迎える(本作の制作時点では53歳であった)ジャッキーを茶化しているようにもとれるコピーだ。だが、その読み解き方は正しくないだろう。
 その理由は3つある。監督のベニー・チャンは、過去3回にわたりジャッキーとタッグを組んでいる。“WHO AM I?(’98)”、“香港国際警察 NEW POLICE STORY(’04)”、“プロジェクトBB(’06)”と、いずれもジャッキー自身も非常に気に入り、また評価の高い作品だ。筆者も特に“香港国際警察”が好きで、00年代の香港アクション映画の中でもベスト3を争う出来だと思っている。そのベニーの作品であるということがまずひとつ。
 主演の一人、ジェイシー・チャンは、ジャッキーの息子である。あまりにも偉大な父と同じ道を歩もうとする彼が、「親の七光り」と揶揄された初主演作品の雪辱を期してアクション映画に挑戦した作品である、ということがもうひとつ。
 更に、世界中の人を楽しませていた往年の香港アクション映画の人気に、やや陰りが出てきた時期に、あえて制作された作品であるということがひとつ。
 つまり本作は、ジャッキー・チェンと言う巨人を敬愛し、乗り越えようとする人々が、かつての香港アクション映画を凌ぐクオリティを目指して作った映画なのだ。そう考えると、冒頭に掲げたキャッチコピーも、愛のあるものに感じられるのではないだろうか。
 ひとりの女性が買い物をしているシーンから物語は始まる。宝石店で結婚指輪の品定めをする彼女は、婚約者に電話を掛ける。「どれがいい?」そう問う彼女に、電話越しの婚約者は「いちばん高価なものにしよう」と答える。
 絵に描いたような幸せそうな風景は、しかし、次の瞬間無残に砕かれた。
 彼女のいる宝石店の前に停車していた現金輸送車を、重火器で装備した強盗団が襲撃する。警備員を惨殺し、金品を奪った彼らは、行きがけの駄賃とばかりに爆弾を仕掛けて逃走する。
 吹き飛ぶ現金輸送車、巻き込まれる周りの車、粉々に砕け散るガラス、そして容赦なく襲いかかる炎。それは宝石店をも情け容赦なく飲み込み、彼女を巻き込んだ──。
 この強盗団を追うのが、3人の主人公だ。冒頭で命を落とした女性の婚約者であった刑事・チャン、逃亡中の強盗団に同僚を殺された警部補・フォン、巡査のワイ。
ワイ巡査には、同じく警官の兄がいた。しかし、彼は今、行方をくらましている。潜入捜査官として強盗団に潜り込んでいた兄が変節したのではないか。そう上司に詰問されたワイは、しかし、正義漢であった兄がそんなことをするはずがないと確信していた。
彼らはそれぞれ、本来の職務に加え、犯人たちに特別な感情を抱いている。陰惨な復讐心であったり、屈辱を味わわされた怒りであったり、肉親の疑惑を晴らしたいという思いであったりする。皆、その思いに苦しんだり迷ったりしながら、敵に立ち向かっていく。
 男たちの、ともすれば悪に傾きかねない激情を描き、また、敵役にも彼らなりの倫理を語らせていることによって、この物語は単純な勧善懲悪の物語で終わっていない。男が自分の命をかけて、奪われた何かを取り戻すために戦う。まるでジョン・ウーの作品を観ているかのようで、香港ノワールファンにはたまらない筋立てだ。
 しかし、何より括目すべきなのは、やはりアクションシーンだろう。
 見よ、これが香港映画だ、と言わんばかりの、息もつかせぬシーンの連続。高層ビルから落下したり、走行中のバスへ飛び移ったり、はたまたそこから滑り落ちて別の自動車に激突したりと、観客の想像をはるかに超えるダイナミックさだ。スタントマンは全く使っていないと言うから、恐れ入る。
 中華圏の作品ならではの、カンフーアクションも見逃せない。主演3人も頑張って体を張っているのだが、注目は強盗団のリーダー役、ウー・ジンだ。祖父も父も武道家だったというサラブレッドだけあって、華麗な体さばきを見せてくれる。
 そして、使われる火薬の量、これが尋常ではない。冒頭の現金輸送車以外にも、警察署、遊園地など、ありとあらゆるものに爆薬が仕掛けられ、見事に爆発する。火を噴くのは爆弾だけではなくて、犯人たちも警察も、惜しげもなくピストルやらマシンガンやらライフルを撃ちまくる。
脚本に多少のつじつまの合わなさや強引さを感じてしまうところもなくはないのだが、それすらもこの圧倒的なアクションの前には些末なことに思えてしまう。そのくらいパワフルな作品なのだ。
物語と言い、演出と言い、かつての香港映画の面白さを甦らせたい、という製作者の愛をひしひしと感じてしまうのである。筆者推薦の“香港国際警察 NEW POLICE STORY”も併せれば、面白さも2倍だ。ぜひとも2本セットで、秋の夜長にお楽しみいただきたい。

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