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古今東西刑事映画レビューその35:ディック・トレイシー

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1990年/アメリカ
監督:ウォーレン・ベイティ
出演:ウォーレン・ベイティ(ディック・トレイシー)
   アル・パチーノ(ビッグ・ボーイ)
   マドンナ(ブレスレス・マホニー)

 ここ何年か、アメリカ発のコミック、いわゆる「アメコミ」原作の映画をよく見かけるようになった。2013年公開作品の全世界興行収入では、ベスト10に“アイアンマン3”、“マン・オブ・スティール”、“マイティ・ソー/ダーク・ワールド”の3作がランクインしている。直近10年ほどのランキングを眺めてもコンスタントに1~2作品はベスト10に食い込んできており、ハリウッド映画における一勢力となっていることが伺える。特にここ2~3年、ランクイン作品数は増加の傾向にあり、好調ぶりが見て取れる。
 アメコミの起源は古く、1930年代にさかのぼる。諸説あるが、一般的にはDCコミックスという出版社が1939年に発表した「スーパーマン」、「バットマン」がその始まりとされている。1939年と言うのは、ドイツ軍がポーランド国境を突破し、第2次世界大戦の火ぶたが切って落とされた年だ。日本では田川水泡の「のらくろ伍長」が人気を博していた頃である。
 アメコミの特徴のひとつに、その制作工程が挙げられる。物語を作る人と作画をする人、作画をする人の中でも原画を描く人、ペン入れをする人、色を塗る人、とまるで日本の浮世絵のように様々な人々が関わって作品が完成するのだ。
版権は出版社が所有しており、クリエイターの編成は出版社が主導で行うので、1939年に始まった作品の新作を今もなお発表し続けることが可能になるし、別の作品の主人公同士が一つの作品に登場して共闘する、クロスオーバー作品を生み出すことも容易になる。また、世相に合わせてキャラクターの設定を変更したり、物語そのものの雰囲気を変えることも出来る。この特質がアメコミの世界を広げ、幅広い年代の読者を獲得し、長く読み継がれる作品を生み出すことを可能にしたのである。
さて、本作「ディック・トレイシー」の原作も、アメリカン・コミックである。月刊形式で発行される一般的なアメコミとは少しフォーマットが異なっており、1931年からデトロイトの新聞に連載された作品で、原作者はチェスター・グールド。長らく彼によって描かれていたが、1977年に別の作家が引き継ぎ、今もなお続いている息の長い作品だ。
アメリカではスーパーマンやバットマンと同じくらい知名度の高いキャラクターで、アニメ化や実写ドラマ化もされているのだが、映画化は今回ご紹介する1990年の1作のみ。「バットマン」や「スーパーマン」が何度も映画化されているのに比べると、少々寂しい。これは、原作の人気の差と言うよりも、作品の内容と実写映画との相性ではないかと言う気がする。何しろ、「ディック・トレイシー」の主人公は生身の人間で、空も飛べなければ体から蜘蛛の巣を吐き出すことも出来ない。派手なヴィジュアルエフェクツを多用する現在のアメコミ原作ものとは、少し毛色が違っているのだ。
1930年代の、シカゴに似た街。街を牛耳ろうとするギャングたちに立ち塞がるのが、ウィーレン・ベイティ演じる刑事、ディック・トレイシーだ。黄色の中折れ帽に黄色のトレンチコートがトレードマーク。敏腕で知られ、同僚たちからの信頼も厚い。忙しい業務の合間を縫って、美しい恋人のテス(グレン・ヘドリー)と過ごすことが唯一の安らぎだ。
 ディックが目下追っているのが、街のギャングたちの中でもひときわ危険な存在、“ビグ・ボーイ”ことアルフォンス・キャプリス(アル・パチーノ)だ。ビッグ・ボーイはライバルのギャング、リップスを殺害し、彼が経営していたキャバレー「クラブ・リッツ」を奪い取り、リップスの愛人だった歌姫、ブレスレス・マホーニー(マドンナ)までも手に入れた。
 リップスの事件の捜査を開始したディックは、密告屋のマンブル(ダスティン・ホフマン)から事件の情報を掴み、ブレスレスに証言を求める。しかし、彼女は証言台に立つことと引き換えにディックの愛を求めるのだった……。
 本作でまず心惹かれるのが、色彩や美術だ。昨今のようにCGを駆使した派手な演出は無いのだが、原作のコミックに限りなく近づけた配色やデフォルメされた高層ビル群は、観ているだけで楽しい。第63回アカデミー賞で、美術賞とメイクアップ賞を獲得したのも頷ける。
主演に加え監督も務めたウォーレン・ベイティが目指していたものは、「コミックの完全なる映画化」なのだろう。だから、登場人物の造形もかなり人間離れしている。特に注目してほしいのは、つけ顎と肩パッドを装着したアル・パチーノ。一風変わった倫理観を披露し、古今の名言を手前勝手に改竄して嘯く、マフィアの大ボスを実に楽しそうに演じている。また、出番はそんなに多くないが、一見しただけではそれと全く分からないほどのメイクで登場するダスティン・ホフマンも見逃せない。実力派俳優たちの、遊び心たっぷりな仕事ぶりも本作の魅力の一つと言えるだろう。
リアリティを極限まで追求したVFXや、ヒーローたちの重たすぎる苦悩が目立つ昨今のアメコミ映画に比べると、コミカルさとハードボイルド、そしてロマンチックさがほどよくブレンドされた作風はポップにさえ感じられる。その分、万人に受け入れられる作品になっているのではないだろうか。いずれ他のコミックのように、続編やリブート版が作られればなあ、と夢想してしまう良作である。

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