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古今東西刑事映画レビューその9:ダーティ・ハリー

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1971年/アメリカ
監督:ドン・シーゲル
出演:クリント・イーストウッド(ハリー・キャラハン)
   アンディ・ロビンソン(スコルピオ)
   ハリー・ガーディノ(アル・ブレスラー)

 古い映画である。実に41年前の作品だ。画面の中で獅子奮迅の活躍を見せるクリント・イーストウッドも若々しい。
 筆者が初めてこの映画を観たのはまだ小学生の時だった。もう20年以上前になるが、そのときでさえ、公開から既に20年近く経っていたと言うことになる。
それ以来、何年かに一度は観返している。毎度毎度、「そろそろ飽きるだろう」とうっすら思いながらDVDプレーヤーの再生ボタンを押したり、テレビのチャンネルを合わせたりするのだけれども、予想に反して全く飽きない。観終わったあとには「やっぱり面白いなあ」と大満足でテレビのスイッチを切っているのである。
サンフランシスコで、1件の狙撃事件が発生する。犠牲者は若い女性。警察のもとに、「さそり座の男(スコルピオ)」を名乗る人物から手紙が届く。「10万ドルを渡さなければ市民を殺す」と言う脅迫のとおり、ひとり、またひとりと罪なき市民が凶弾に倒れる。捜査に当たるのは、殺人課のハリー・キャラハン。汚れ仕事を一手に引き受け、「ダーティ・ハリー」の異名をとる敏腕刑事だ。ハリーと相棒のチコは地道な捜査の末にスコルピオの正体に迫り、追い詰めたかと思われたのだが……。
 無論、簡単に話は終わらない。ハリーが捕らえたスコルピオは、法の網の目をかいくぐるようにして野に放たれてしまう。自己顕示欲が強く執念深い殺人犯は、再びライフルを手にサンフランシスコを跋扈し始め、その悪意はハリー個人にも向けられる。スコルピオとハリーの息詰まる攻防が、後半の見どころである。
 「愉快犯」、「劇場型犯罪」、「法律の矛盾」などのキーワードや、犯罪検挙に熱中するあまり組織から逸脱して行く主人公ハリーの人物像など、警察映画の新たな潮流を作った作品でもある。
 折しもこの映画に先駆けること数年、ハリウッドの製作する映画は大きく変容しようとしていた。それまでに製作されてきた、正統派のヒーローやヒロインの織りなす、ハッピーエンドの作品たちと真っ向から対立する作品群と、それを支持するムーヴメント。「アメリカン・ニューシネマ」と称されるそれと呼応するかのように、アンチ・ヒーロー的性格を持つハリー・キャラハンは生まれ、そして支持された。映画史的に見ても、変革の起点となるようなエネルギーを持った作品と言えるだろう。4本もの続編が製作されたことからもそのインパクトは十分推し量れるし、何よりも、それまでテレビドラマやB級西部劇に顔を出すことが多かったクリント・イーストウッドをスターダムに押し上げたのも、他ならぬこの映画である。筆者の父(戦後すぐの生まれで、若者時代の娯楽と言えば映画だった世代の人だ)にとって、イーストウッドは「西部劇の人」と言う認識だそうだ。それに対して、自分にとっては長らく「ダーティ・ハリーの人」だった。観客側にとっても、「ハリー以前」「ハリー以後」と言う大きな分水嶺が存在しているわけだ。
 クリント・イーストウッドと言えば、今や押しも押されもせぬ名監督でもある。武骨で男くさい、時としてマッチョ過ぎる作風に登場するのは、古き良き時代の面影を残した不器用な男たち。しかしながら編み出す映像自体は、抑制の効いた、モダンでスタイリッシュなものを作る人であるように思う。
 本作を観てから一連の彼の監督作品を観ると、特に映像やアクションの演出において、イーストウッド本人がこの作品から多大な影響を受けていることがうかがえる。視点を縦横無尽に切り替える、多層的なカメラワーク。派手すぎずしかし効果的に用いられるBGM。自然光を巧みに使った色彩感覚。観客側のみならず、作り手にも大きなインパクトを持った作品だったと言うことだろう。
 このように、我々を飽きさせない理由を挙げて行けばきりがない“ダーティ・ハリー”である。勿論、その最大の魅力は、主人公ハリーに尽きる。狩猟用の44マグナムを繰り、トラッドなスーツを着こなす、スリムでタイトなシルエット。そのビジュアルも魅力的であるし、何よりも社会悪に対峙した時の意思の強さや、自分の信念を決して曲げない、その男らしさにしびれる。
 2000年代も12年目を数え、数々のヒーローに会い、それを消費してきた映画ファンにとって、彼の立ち位置はともすれば古典的に映るかもしれない。しかし、古典となるだけのエネルギーと魅力が、ハリーにはある。未見の方も、既にご覧になっている方も、是非それを堪能していただきたいものである。

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