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古今東西刑事映画レビューその15:ホット・ファズ ~俺たちスーパーポリスメン!~

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2007年/イギリス
監督:エドガー・ライト
出演:サイモン・ペグ(ニコラス・エンジェル)
   ニック・フロスト(ダニー・バターマン)
   ティモシー・ダルトン(サイモン・スキナー)

 「出る杭は打たれる」。ことわざの中でも、比較的見聞きすることの多い部類に入るものではないだろうか。人間の哀しい一面をよく表したこの一言、実は英語にも似たような言葉がある。“Envy is the companion of honour.(嫉妬は名声の伴侶)” と言うのがそれだ。出来過ぎた人間を煙たく思う気持ちは、古今東西を問わないらしい。
 この“ホット・ファズ ~俺たちスーパーポリスメン!~”(以下、“ホット・ファズ”)の主人公、ニコラス・エンジェル巡査もまさにそんな「叩かれる杭」だ。幼少のころから警官に憧れ、勉学に励み、体を鍛え、夢叶って警官になれたニコラス。そのあまりの嬉しさに、ついつい八面六臂の大活躍を遂げてしまう。ロンドン警視庁での彼個人の検挙率は、他の警察官らの4倍と言う驚異的な数字を叩き出し、火器取り扱いや車両の操作から、ペーパーワークに至るまで、全てに卓越した技量を発揮する。そればかりか、一般の市民からも絶大な信頼を得ている。まさに完全無欠の「スーパーポリスメン」なニコラス。映画は、そのニコラスが上司に異動を告げられる場面から始まる。
 「君のせいで我々が無能に見える」と言う、身も蓋も無い理由でロンドン警視庁から異動することになったニコラスの新しい赴任先は、サンドフォードと言う田舎町。ここ数十年、事件らしい事件など起こったことも無く、携帯電話の電波も満足に届かず、道端ですれ違う人は皆知り合い、と言う町だ。
 そこでニコラスがバディを組むことになったのは、サンドフォード警察署長の息子・ダニー。自身も警察官でありながら、重度のポリスムービー・オタクでもある彼は、「横っ跳びしながら二丁拳銃を乱射したことはあるか」「実際に人の頭を撃ったら、爆発すると言うのは本当か」などの無邪気過ぎる質問を矢のように浴びせ、ニコラスを辟易させるのであった。
 映画の序盤は、大都会から放り込まれた熱血警官と、英国の田園地帯に暮らす人々のテンポのずれが呼び起こすおかしみを描いている。
このまま終われば、それはそれで牧歌的なコメディ作品になったかもしれないのだが、そこはそう簡単に終わるはずもない。町に住む弁護士の男と町役場に勤める女が死体となって発見されたその朝から、サンドフォードの町を立て続けに奇禍が襲う。殺人事件の可能性を指摘するニコラスに対して、頑ななまでに事故を主張する警察署の面々と、町の住人達。物語は一転、ホラー・ムービーのような不気味さを見せ始めるのである……。
 120分強と言う上映時間の中で、筆者が「この辺りが落としどころではないか」と予測していたシーンが出てくるのが90分当たり。残りの30分は、思いもつかなかった展開が待ち受けている。この心地よい裏切られ方は、「この映画を観て良かった」と言う思いに繋がった。映画愛好家にとっては、至福の残り時間とでも言うべきものだ。詳細を述べるほど野暮なことはないので口を噤むが、前半の牧歌的シーンの中に仕込まれていた伏線が、想像以上の火力でもって大爆発する──こんな言い方をすれば、この面白さの数分の一くらいは伝わるのではないだろうか。
 脚本の見事さに感心させられるだけではない。思わず大爆笑してしまうシーンが続けざまに展開するクライマックスは、まさに必見ものだ。コメディとしての面白さもさることながら、ポリス・アクションとしてのクオリティもまた決して損なわれていない。アクションを楽しみ、大いに笑い、主人公たちの成長に胸を熱くし、拍手喝采のうちに映画は終わる。ここ数年の間で観たコメディ作品の中では、群を抜く出来であった。
 この“ホット・ファズ”、日本の映画評論家や愛好家たちの熱心なはたらきかけで、配給会社が劇場公開に踏み切ったと言う経緯を持つ作品である。そう言った「濃い人たち」に言わせると、監督や出演者の、映画への熱いオマージュがコテコテに詰め込まれた傑作、であるらしい。要は過去の映画作品のパロディが随所に見られる訳だが、そう言った作品は得てして、たしなむ程度に映画を観ている人たちからすると、「間口が狭すぎて面白さが解らなかった」となりがちだ。
 しかし、本作はそう言う「マニアの中だけでの名作」に陥らなかった稀有な例である。製作陣の卓越したバランス感覚のなせる技だろうか。「濃い人」も「薄い人」も、ポリスものが好きな人もそうでもない人も、皆がそれぞれの距離感で楽しめる。「人生を変える一作」とはならないにしても、「明日の気分を変えてくれそうな一作」にはなる。気軽に観ることが出来て、大笑い出来て、リフレッシュ出来る。そんな、いつでもそばに置いておきたい一本なのである。

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