見出し画像

古今東西刑事映画レビューその25:ボーン・コレクター

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1999年/アメリカ
監督:フィリップ・ノイス
出演:デンゼル・ワシントン(リンカーン・ライム)
   アンジェリーナ・ジョリー(アメリア・ドナヒー)
   マイケル・ルーカー(チェイニー部長)

 探偵小説の一ジャンルに、「安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)」と言うものがある。「安楽椅子に腰かけたまま事件を解決する探偵」と言う意味だ。実際に安楽椅子でくつろいでいるかは探偵によって異なるが、つまりは、事件現場に赴くことなく、また聞きの情報や提供された証拠で事件の真相にたどり着いてしまう探偵のことをそう表現するのだ。
 今回ご紹介する“ボーン・コレクター”の主人公、リンカーン・ライムも、そんな「安楽椅子探偵」の1人と言えるかもしれない。
ニューヨーク市警の優秀な犯罪捜査官であった彼は、仕事中の不幸な事故によって頸椎を損傷し、肩から下を(左手の人さし指を除いて)一切動かせなくなると言うハンデを負ってしまう。度重なる神経の発作に苦しめられ、「あと何回か大きい発作が来れば植物状態だ」と自分の将来に悲観的になり、尊厳死を望んでいる。
しかし、彼の類い稀な頭脳をニューヨーク市警は高く評価しており、寝たきりとなった今もなお、彼を捜査官として遇している。
そんなライムのところに、殺人課のセリット刑事とソロモン刑事が訪れる。ニューヨークで不動産業を営む富豪・ルービン氏の遺体が、古い貨物鉄道の構内で発見された。骨がむき出しになった氏の指には夫人の指輪がはめられており、氏と共に行方不明になった夫人の安否が気遣われる。ライムは刑事たちの持ち込んだ証拠写真を眺めるうちに、これが単なる身代金目的の誘拐事件では無いことに気づく。
証拠写真を撮影したのは、たまたま現場に駆け付けたパトロール巡査、アメリア・ドナヒーだった。ライムは彼女が捜査官として非凡なセンスを持ち合わせているとして、彼女を捜査チームに加えることを要求した。
 犯罪捜査官としての経験など皆無なアメリアは、ライムの強引なリクエストに戸惑いながらも、彼の手となり足となりまた目となって、職務を全うすることになる。
 犯人の残した手がかりから、勾引されたルービン夫人の居所を突き止めたライムたち捜査班。しかしあと一歩のところで、夫人は犯人の仕掛けた罠によって無残にも殺害されてしまう。
 渋るアメリアを説得し現場検証に当たらせたライムは、彼女が現場から採取した遺留品が、犯人の残したメッセージであることを看破する。それは、新たな殺人を示唆するものであった……。
 老練な「頭脳」と、若く美しい「手足」と言う主人公2人の関係性は、どことなく“羊たちの沈黙”(‘91)を思わせるが、デンゼル・ワシントン扮するリンカーン・ライムは、勿論レクター博士ほど怪物じみた人物ではない。直感と洞察力を併せ持ち、病をおして犯罪捜査に心血を注ぐ有能な男である。彼の相棒となるアメリアもまた、突如自分に課せられた職務に戸惑い、当初はライムに反発するが、物語の中で捜査官として成長して行く。水と油ほども違う2人が、絶妙なコンビネーションを発揮しだす過程が謎解きと並行して描かれる。バディものとしても楽しむことが出来ると言う訳だ。
 90年代、こう言ったシリアル・キラーものが何作か世に出た。ショッキングな殺人シーンや遺体の描写など、目をそむけたくなるような作品も多かったが、本作に関してはそこのところの表現はややソフトだ。だが、姿の見えぬ犯人の不気味さ、無作為に殺されていく人々の無念──つまり、シリアル・キラーものに不可欠の要素は先発の作品に比べて劣るところは無いし、謎解きの面白さもしっかりと味わうことが出来る。彼らと、周囲の刑事や科学捜査官が、犯人の残す「ヒント」を解読し、真実をたぐりよせようとする過程は実にスリリングだ。
 ストーリーや演出の他にも、見どころはある。2人の主演俳優だ。
 この作品の公開と同じ年に“17歳のカルテ(’99)”でアカデミー助演女優賞を獲得したアンジェリーナ・ジョリー。この作品を制作する段階ではまだまだ駆け出しの女優だった彼女だが、本作で劇場公開用の映画の初主演を果たし、その後“トゥームレイダー”シリーズなどで一気にマネーメイク・スターの階段を駆け上って行くことになる。そう言えば、本作の監督、フィリップ・ノイスとは2012年の“ソルト”でもタッグを組んでいる。ノイスが思い描くハードボイルドな女性像に彼女がぴったりハマッていると言うことなのだろう。本作でも頭脳明晰で度胸の据わった女性捜査官を好演している。
 だが、出色なのはやはりデンゼル・ワシントンだろう。肩から下は動かせないと言う制約のついた人物を演じると言うのは並大抵のことではないはずだ。しかしそれでも、ちょっとした表情の変化で人物の機微を表す彼の演技力はやはり只者ではない。
 そんなデンゼル・ワシントン、小欄でご紹介した映画の中では“インサイド・マン”に出演していた。今後、彼の出演している映画も幾つか取り上げて行きたい。本作の彼が気に入ったならば、他の作品での彼もきっと、お気に召していただけることだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?