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古今東西刑事映画レビューその17:フェイク

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

997年/アメリカ
監督:マイク・ニューウェル
出演:アル・パチーノ(“レフティ”ベンジャミン・ルッテーロ)
   ジョニー・デップ(“ドニー”ジョー・ピストーネ)

 昨年末、日本の2012年興行収入ランキングが発表された際のこと。TOP10にランクインした作品のうち、洋画はたった3タイトルであった、と言うのが、ちょっとした話題を振りまいた。
 一昨年、2011年の映画興収実績では、洋画邦画の割合が45:55だったことを踏まえると、昨年の洋画はややふがいない結果に終わった……と言う風に読み取ることもできる。「若者の洋画離れ」などと論じるメディアもあり、筆者の周りではそれなりに盛り上がったトピックであった。
 一方で、こんなデータも出ている。レンタルチェーンTSUTAYAの発表によると、2012年、TSUTAYAにおけるDVDレンタル枚数のジャンル別内訳では、洋画が前年の107%と大きく数字を伸ばしたという。
 この二つのニュースから考えるに、2012年の映画興収で洋画が苦戦した理由を、洋画の人気低下だとか、洋画のクォリティ不足だとかに求めるのはいささか短絡的であろう。筆者個人としては、映画館に行くというスタイルの他にも、DVDを購入したり、借りたりして、自宅で鑑賞するスタイルが、映画の楽しみ方としてよりメジャーになった結果ではないかと考えている。
 先ほどのTSUTAYAのニュースには、洋画DVDのレンタル数の好調の一因として、未公開作品や単館上映作品の長期回転が影響していることも挙げられている。自分のペースでじっくり作品を探せるというのも、自宅鑑賞の大きな魅力の一つだ。
 何故このようなことを書き連ねているかと言えば、今回ご紹介する“フェイク”、自宅で味わうにはうってつけの作品だからである。
 ジョニー・デップ演じるFBI捜査官、ジョー・ピストーネは、ニューヨークのブルックリンを根城にするマフィア組織への潜入を命じられる。ジョーはドニーと言う変名を用いてマフィアとの接触をはかり、組織の末端で幾つかの縄張りを任せられているレフティと言う男を足掛かりに、組織の一員となることに成功する。
 捜査官と潜入対象との間に繰り広げられる駆け引き、危ない橋を渡る主人公の正体がいつ白日の下にさらされるかと言うスリル。正義を行うために捜査官と言う職業に就いたはずなのに、マフィアとして振る舞ううちに、いつの間にか正義の捜査官とはかけ離れた行動をとっている自分に対する苛立ちや、すれ違い続ける家族との関係に悩むドニーことジョーの姿。もしかしたら潜入捜査ものの「お約束」の仕掛けかもしれないが、巧みな脚本やジョニー・デップの好演が光り、既視感を感じさせない。しかもこの映画、実話に基づいた作品なのである。実在のジョー・ピストーネと言う男(今は証人保護プログラムに基づき、変名で生活している)が当時味わったプレッシャーやストレスに思いを馳せながら観ると、さらに映画の重みや奥深さが増すように思われる。
 本作の最大の魅力は、ドニーが欺くことになる中年のマフィア・レフティの人柄と、彼に扮するアル・パチーノの演技である。アル・パチーノと言えば、“ゴッドファーザー”や“スカーフェイス(’83)”のマフィア役で名を馳せた俳優だが、このレフティは今まで演じてきた正統派のマフィアとは少し違っている。
 狡猾にも非情にもなりきれず、ボスへの月々の上納金を捻出することで精一杯。自分の属する組織の幹部に軽んじられていることも薄々解っている。そんな冴えない男なのだが、「俺はマフィアなのだ」という自負があり、「マフィアであるからにはこう振る舞わねばならぬ」と言う彼なりの行動規範を持っている。聡明なドニーを息子のように可愛がり、あれやこれやと世話を焼く。ドニーが次第に組織の中で頭角を現し、自分を差し置いて存在感を発揮しても、傷ついたプライドをおくびにも出さず、ただ黙々と職務にいそしむ。
 その姿は、彼が、マフィアと言う市井の人間には全く相容れない世界を生きる男であるにも関わらず、我々に共感を呼び起こす。うまく行かない、もどかしい人生を、愚直に生きるしかない男。彼を笑える人は多くはないだろう。
 そんなレフティの魅力は、終盤のワンシーンに凝縮されている。彼が「仲間に呼ばれて、出掛けるための準備をする」場面。鏡を覗き込み、身だしなみを整える。ただそれだけ。アル・パチーノはその何でも無い動作で、レフティと言う男の持つ優しさや哀しさを表現し尽くしてみせた。まさに名演と言うべき、必見のシーンだ。
 “ゴッドファーザーPart1(’72)”で彼が演じた「マイケル」が「初めて罪を犯す場面」と並び、この「レフティの外出」のくだりは、筆者の個人的な「アル・パチーノ名場面」である。
 マフィアを題材に取った映画でありながらも、派手なアクションの場面はあまり見られず、むしろ主人公たちの心理劇の側面が強い作品だ。そんな意味で、「自宅で観るにはうってつけの警察映画だ」とご紹介しているのだが、役者の演技を堪能すると言う意味でも、映画とじっくり向き合える自宅鑑賞向きの作品であろう。男たちのプライド、様々な感情、ひいては人生そのものが交錯する、渋い良作である。

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