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古今東西刑事映画レビューその5: L.A.コンフィデンシャル

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

L.A.コンフィデンシャル
1997年/アメリカ
監督:カーティス・ハンソン
主演:ケヴィン・スペイシー(ジャック・ヴィンセンス)
   ラッセル・クロウ(バド・ホワイト)
   ガイ・ピアース(エド・エクスリー)
   キム・ベイシンガー(リン・ブラッケン)

 本作がアメリカ合衆国で公開された1997年と言うのは、日本の映画愛好家にとって記憶に残る年であった。興行収入と言う点において、洋画・邦画共に過去最高の金額を叩き出した作品が現れたのだ。
 まず邦画。宮崎駿監督の“もののけ姫”が193億円。半年以上のロングラン上映となり、多くの人が映画館に詰め掛けた。そして洋画。ジェームズ・キャメロン監督作、“タイタニック”が全世界で公開されたのが、この年なのである。
 “タイタニック”は、その動員力もさることながら、話題性も十分過ぎるほどに十分だった。翌98年のアカデミー賞を11部門で獲得し、セリーヌ・ディオンの歌う主題歌も大ヒットし、主演のレオナルド・ディカプリオに恋する婦女子が続出した。97年から98年、“タイタニック”が文字通り映画界を席巻したのだった。
 このようにして強烈なスポットライトに照らされた作品があると言うことは、一方、その影になった作品もあると言うことだ。今回ご紹介する“L.A.コンフィデンシャル”は、まさにそんな作品である。
 とは言っても、“タイタニック”さえなければアカデミー作品賞はこの映画だったであろうと言われているし、実際アカデミー賞の14部門のうち、脚色賞と助演女優賞は本作が獲得している。決して冷遇された作品と言うわけではない。ただ、同時に公開された他の作品があまりに華々し過ぎて、あまり話題に上らなかったのは事実だ。
 実は、映画好きを自負する人に「好きな犯罪ものの映画は?」と尋ねると、かなり高確率でこの映画を名指しされる。知っている人は知っていて、そして隠れたファンの多い作品なのである。では、何がこの映画の面白さなのであろうか。
 “L.A.コンフィデンシャル”と言う一風変わったタイトル。これは、作中に登場するゴシップ誌のタイトルなのだが、雑誌のそれとしては「L.A.のコンフィデンシャル(=秘密)、全部見せます!」とでも言うようなニュアンスなのではないかと思われる。この雑誌が暴くものは、精々ハリウッドの3文ゴシップやスキャンダラスな犯罪が関の山だ。しかし、これが映画のタイトルにスライドしたとき、「コンフィデンシャル」と言う言葉の持つ意味に、我々は唸らざるを得ないのだ。
 「L.A.コンフィデンシャル」誌の記者シド(ダニー・デヴィート)は、華やかで活気に満ちたロスアンゼルスと言う街の裏側(コンフィデンシャル)を暴こうと躍起になっている。人生の勝者たちが我が世の春を謳歌する、成功の磁場のような街。ロスアンゼルス。けれど彼らの傍らには夢破れた者たちが累々と横たわっている。
そんなL.A.のコーヒースタンドで発生した大量殺人事件を追う3人の刑事(ラッセル・クロウ、ガイ・ピアース、ケヴィン・スペイシーがそれぞれ演じている)を中心に、物語は展開して行く。彼らは捜査の中、知らず知らずの内に、彼らの属する組織の機密(コンフィデンシャル)に肉薄することになる。更にまた、事件を追う彼ら自身の屈折と翳り、秘密(コンフィデンシャル)にしておきたい心の内も次第に明かされていく。
 このように、3つの「コンフィデンシャル」が錯綜しながら描かれる本作。謎の提示、伏線の回収など、犯罪映画としての筋立ても非常に優れているが、この作品の秀逸さはそれだけに留まらない。街、組織、そして人。陰影に富んだそれぞれの描写が、観る者をこの黒い薔薇のような、華やかな、けれど多分に毒を含んだ物語の中に引きずり込んでいくのである。
 本作を語る上でこれまた外せないのが、個性あふれる役者たちだ。キャストのリストを見てみれば、公開から15年経った今年に振り返っても、今なお第一線で活躍している顔ぶれが並んでいる。当時若手だったラッセル・クロウとガイ・ピアースにとっては、これが彼らの出世作になった。この3年後、ラッセル・クロウは“グラディエーター(’00)”でアカデミー主演男優賞を獲得し、ガイ・ピアースはスマッシュ・ヒットを飛ばした“メメント(’00)”の主役を張ることになる。それらも本作での演技が評価されての抜擢だ。
 彼ら二人が良いのは勿論なのだが、最も素晴らしいのは、既に“セブン(’95)”、“ユージュアル・サスペクツ(’95)”で性格俳優としての地位を築いていたケヴィン・スペイシーだ。本作では、清濁の狭間を縫うようにして飄々と仕事をする、不思議な佇まいの刑事を実に印象深く演じている。1995年から2000年頃までの彼の仕事はまさに刮目に値するが、この“L.A.コンフィデンシャル”も間違いなくその中のひとつだ。
 原作者のジェイムズ・エルロイは、本作も含め4つのL.A.の物語を上梓している。そのうち「ホワイト・ジャズ」と言う、彼の最高傑作とも言われる作品の映画化が進行しているそうだ。果たして、“L.A.コンフィデンシャル”を超えることは出来るのだろうか。こちらも非常に楽しみなニュースである。

※2021年註 演者の一人であるケヴィン・スペイシーが過去に行っていたハラスメント行為については本当に憤りを感じます。このようなことが今後起こらないことを願っています。本文については彼の行為を知らなかった2013年当時のものであることを重ねて追記して私個人のハラスメントや暴力への抗議とします。


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