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古今東西刑事映画レビューその31:アンタッチャブルズ

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

2012/フランス
監督:ダヴィド・シャロン
出演:オマール・シー(ウスマヌ・ディアキテ刑事)
   ロラン・ラフィット(フランソワ・モンジュ刑事)

 フランス人の俳優で、日本人に最も馴染み深い人と言えば?
 それがジャン・レノであることに異論のある人はいるだろうか。日本人の女優と共演したり、“ゴジラ”のハリウッドリメイクに出演したり、日本の自動車のCMでコミカルな演技を見せたり、我が国と少なからぬ縁がある役者だ。彼に次いで、カトリーヌ・ドヌーヴやらソフィー・マルソー、アラン・ドロンなどが挙げられ、“アメリ(’01)”のオドレイ・トゥトゥあたりがそれに続くのではないだろうかと思う。
 このラインナップを見渡してみると、近年、少なくともここ10年の間に日本人に知られるようになったフランス人俳優が、皆無ではないにしろ、非常に少ないことに気づかされる。何とも寂しい限りだが、この“アンタッチャブルズ”に主演しているオマール・シーという俳優は、日本の映画ファンにも愛されるポテンシャルを持つ久々の人物なのではないかと思う。
 190センチの長身に、大きな瞳。一度見たら忘れられない容貌の持ち主だ。コメディアンとしてエンターテインメントの世界に身を投じ、初の主演となった2011年公開の映画“最強のふたり”で仏セザール賞を受賞。ハリウッド映画へも出演し、注目度は急上昇中だ。本作は、そんなオマールの3本目の出演映画である。
 邦題の“アンタッチャブルズ”は、恐らくは80年代刑事映画の名作、“アンタッチャブル(’87)”を意識したものだろう。最も、禁酒法時代のシカゴを舞台にしたストイックな男のドラマであった彼の作品と、この“アンタッチャブルズ”はだいぶ雰囲気が違う。あるいは、同じ黒人刑事と白人刑事のバディものである“リーサル・ウエポン”シリーズのように、「手も触れられないほど危険な奴ら」というニュアンスを持たせたかったのかもしれない。他の作品の色がついてしまうようで、少し残念な気もする邦題だが、勿論、タイトルだけで映画の良し悪しが決まるわけではない。
 オマール演じるウスマヌ・ジャキテ刑事は、パリ郊外のボビニー市警の経済課に勤務する刑事だ。目下のターゲットは違法賭博を仕切る反社会的勢力の摘発だが、決定的な証拠を中々掴めずにいた。
そんなある日、彼らの所轄で1人の女性の死体が発見された。被害者が政治経済に大きな影響力を持つ実業家、シャリニの妻だったことから、パリ警視庁犯罪捜査課の刑事、フランソワ・モンジュがボビニーを訪れる。被害者が違法賭博の常連客だったことを知ったウスマヌは、手詰まり気味の捜査の突破口を見出したい一心でフランソワに合同捜査を持ちかける。出世のために手柄を独り占めしたいフランソワはこれを拒むが、上司の命令で渋々ながらもこれを受け入れる。かくしてふたりは、呉越同種の捜査に乗り出すことになる。
 古今東西、多くの人に愛されたバディものに共通するのは、バディを組む主人公たちが魅力的であることだ。彼らひとりひとりは勿論のこと、ふたり揃った時に何が起こるのか。その化学反応が観客の予想をどれだけ越えることが出来るのか。バディムービーの成否はそこにかかっていると言っても過言ではない。
 そして、この”アンタッチャブルズ”のウスマヌとフランソワは、その意味で中々良い線を行っている2人組だ。直情径行、真面目で仕事熱心、高いモラルを持ち、息子を男手ひとつで育てている叩き上げ刑事のウスマヌ。女好きの独身貴族、世渡り上手で出世のためなら白を黒と言うことさえ辞さないエリート、フランソワ。出自から性格、家庭環境、価値観まで、まさに正反対なのである。そんな彼らの、はた目から見ている分にはユーモアに満ちた、互いに全く容赦のない、テンポの良い掛け合いが、この映画の醍醐味のひとつである。
 舞台となったボビニーはパリの北東に位置し、住人にとっては不名誉なことに、治安の悪い地域として知られている。古い集合住宅が立ち並び、所得の低い住民が肩を寄せ合うように生活しているこの街の出身であるウスマヌと、生粋のパリっ子を自称し、裕福な家庭に育ったことをうかがわせるフランソワは、そのまま現代のフランスが抱える諸問題──格差、貧困、人種の壁、元からの住民と移民との対立──を体現しているふたりでもある。フランスだけではなく、ドイツやベルギーと言ったヨーロッパ各国にも同様の問題はあり、我々日本人にはピンと来ないかもしれないが、欧州の人々には、リアルに感じられる背景を持った人物として描かれているのだ。
 とは言え、作品自体は、筋金入りのコメディ作品。肩の力を抜いてご覧いただきたい。ヨーロッパの作品らしく、下ネタも少なく、会話の妙で楽しませてくれるところも好印象だ。猪突猛進タイプで、融通の利かないウスマヌと、鼻持ちならないイヤミなエリートのフランソワ。決してヒーロータイプではない、むしろ欠点だらけの男たちが、いつしか親しみ深く思えてくるのは主演の役者たちの力量に負うところも大きい。
期待の俳優、オマール・シーの次回作が待ち遠しい。きっとさらに我々を楽しませてくれるはずだ。



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