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古今東西刑事映画レビューその23:ブリット

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1968年/アメリカ
監督:ピーター・イェーツ
出演:スティーブ・マックィーン(ブリット)
   ロバート・ヴォーン(チャルマース)
   ジャクリーン・ビセット(キャシー)

 作品が始まって30秒も経たないうちに、「この映画は間違いなく面白い」と言う確信を得た。こんな体験はそうそう出来るものではない。ジャズの調べに乗って薄暗い部屋が映し出され、タイトル・クレジットがじわりと画面に滲み出す。
スティーヴン・ソダーバーグの作品のように、映像と、音楽と、クレジットのフォントが、完璧に調和しているオープニングである。こんなオープニングの作品が、つまらないわけがない。
“大脱走(’63)”や“シンシナティ・キッド(’65)”で大スターの地位を確立したスティーブ・マックィーンが、自らの立ち上げたプロダクションの第1作として製作したのがこの“ブリット”だ。主演俳優が映画製作に積極的に関わるスタイルは今でこそ珍しいものではないが、そのはしりとなったのが彼なのである。
そんないきさつで作られたからには、当時のハリウッド映画の王道中の王道を行くような作品なのかと思いきや、全く違うのが興味深い。当時ほとんど無名の新人であったピーター・イェーツを英国から呼び寄せて監督に抜擢し、スタジオでの撮影が基本だった時代に、あえてハリウッドを遠く離れたサンフランシスコでのロケを敢行する。マックィーンの「今までに無かった、全く新しい映画を作りたい」と言う意欲が隅々にまで満ちた作品になっている。
サンフランシスコ市警の警部補、フランク・ブリット(スティーブ・マックィーン)は、マフィア撲滅を公約に掲げる上院議員チャルマース(ロバート・ヴォーン)から小委員会に喚問した証人の警護を命じられる。マフィアの麻薬取引に関する証言をさせるべく、チャルマースがマフィア組織から引き抜いた、ロスと言う男だ。
同僚と交代で任務を開始したブリットだったが、彼が一時帰宅した際に、ロスのもとに客人が訪れる。警護に当たっていた同僚が止める間もなく、無警戒にドアを開けるロス。果たして彼らは、客を装った二人組の殺し屋に銃撃されてしまう。
緊急搬送された病院にまで殺し屋がやってくる中、治療の甲斐なくロスは命を落とす。ブリットはロスの生死を隠すことによって、彼を襲撃してきた組織をおびき寄せようと試みるのだった。
頭が切れ、仕事が出来、同僚にも上司にも信頼を寄せられている男。だが決して気負うことは無く、信念に則って動く男。車の運転がとびきり巧く、美しい恋人を持つ男。鋭い眼光には、反骨心が垣間見える。ブリットと言うのはそんな男で、それはスティーブ・マックィーンが思い描き、そしてすべての男が憧れる「理想の男」を体現した存在だ。
こういう男を、決してヒロイックに描かないところがこの映画のニクイところである。寝ぼけ眼のところを同僚に叩き起こされる登場シーンや、フェンダーがへこんだままの愛車、恋人に刑事の仕事をなじられて憮然とするその表情など、随所にかっこいいばかりではない姿が描写されている。それなのに、やはりかっこいい。スティーブ・マックィーンの持つ空気感がそうさせているのだろうか。かっこいいを通り越して、ズルイと言いたくなるくらいの、クールな佇まい。彼のこの姿を観るだけでも、この映画を観る価値がある。
他にも多々、見所はある。組織の人間に尾行されていることに気が付いたブリットが、彼らをまいた揚句、追跡に転じる。ブリットの操る1968年製マスタングGTと、悪党たちが乗り込むダッチ・チャージャーRTによる10分以上におよぶカーチェイス。一流のカーレーサーでもあった(全く、どこまでかっこいいのだろう!)マックィーンのドライビングテクニックが冴えわたる。言うまでもなく、彼はほぼノースタントでこれをこなしている。
後年、かつて本欄でもご紹介したことのある“フレンチ・コネクション(’71)”の製作陣が、伝説のカーチェイスシーンを残したが、彼らがモットーに掲げていたもののひとつに「“ブリット”を超えるカーチェイス」と言う1行があった。つまりそのくらいのインパクトがあったと言うことなのだ。
迫真のシーンはまだまだある。病院では本物の医師をエキストラに起用、怪我人の治療の場面で臨場感たっぷりにそれを演じさせたし、物語の終盤・空港のシーンでは、実際に国際空港を借り切ってのロケが行われ、本物の飛行機を動かしての撮影が行われた。これらは新しい試みは、興行面でも成功をおさめ、批評家たちを大いに満足させた。
ハリウッド発刑事映画の元祖である本作だが、演出や物語、主人公のキャラクターなど、刑事映画を面白くする要素のほとんどがこの1本で完成されていると言っても過言ではないくらいで、そのクォリティの高さには舌を巻くばかりだ。「世界で誰も撮ったことの無い映画を」と言うスティーブ・マックィーンらの熱意が結実した名作。今もなお色あせないこの1本を、是非お楽しみいただきたいものである。

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