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古今東西刑事映画レビューその14:ファーゴ

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

監督・製作:イーサン&ジョエル・コーエン
出演:フランシス・マクドーマンド(マージ・ガンダーソン)
   スティーブ・ブシェミ(カール・ショーウォルター)
   ウィリアム・H・メイシー(ジェリー・ランガード)

 本欄でご紹介するのは2度目になる、コーエン兄弟の監督作品である。
 前回、取り上げたのは、“トゥルー・グリット”と言う作品だった。綿密な時代考証に基づいて大がかりなセットを組み、衣裳や小道具を細部まで突き詰め、豪華なキャストを起用した、いわば正統派のハリウッド大作。クェンティン・タランティーノが「2010年のベスト」に挙げ、2011年のアカデミー賞で10部門にノミネートされたのは、記憶に新しいところだ。
 ただ、“トゥルー・グリット”はハリウッドの映画としては正統派であるものの、コーエン兄弟の作品としてはやや毛色が違うものであった。彼らの作品に必ずと言っていいほど登場するモチーフが影をひそめ、今までの「コーエン兄弟らしさ」を探すのにやや苦労させられた。
対して、この“ファーゴ”。
 コーエン兄弟のコーエン兄弟たるエッセンスが詰め込まれた佳作であり、彼らの出世作でもある。
 舞台はアメリカ、ミネソタ州ミネアポリスと、ブレーナード。北米大陸の中西部に位置する、カナダとの国境の州である。冬は寒冷で雪が多く、「アメリカの冷蔵庫」とあだ名されると言う。
 一面の雪景色が、本作の画面をより印象深いものにしている。どこまでも続く雪原。それを覆う鉛のような曇天。白い大地を縫う黒々としたアスファルトの一本道。音もなく雪の降るモノクロームの世界はどこかファンタジックで、観るものを白い夢の世界に誘うかのようだ。
 だが、そんな美しい光景の中で繰り広げられるのは、悲しきボタンの掛け違いの物語である。
 あらすじはこうだ。借金返済に奔走する冴えないカーディーラーの男・ジェリー。資産家である妻の父に投資話を持ち掛けるが、すげなく断られてしまう。迫る返済期限を目の前にして、彼は最後の手段を考えた。妻を何者かに誘拐させ、義父から身代金をだまし取る狂言誘拐である。
 勤務先の整備士のツテをたどって、この計画に乗ってくれる二人の男・カールとグリムスタッドを紹介してもらったジェリーは、犯行用の乗用車といくらかのギャラを用意することで、彼らを仲間に引き入れることに成功する。首尾よくジェリーの妻・ジーンを誘拐した二人組だが、逃走中に出くわしたパトロール中の警官をあっけなく射殺。目撃者の若者をも殺してしまう。
 殺人事件が起きたことで、警察も動き始めた。ブレイナードの女性警察署長・マージは、彼らの残した証拠をひとつひとつ探り、真相を突き止めていく。やがて彼女がたどりついたのは、ミネアポリスのカーディーラー、ジェリーだった。
 …と、改めて文字に起こすと陰鬱な気分になるストーリーだが、女性警察署長のマージの存在が大きな救いとなっている。犯罪に立ち向かう、凛々しい職業人としての彼女と、優しい夫との愛情あふれるやり取りが何とも愛らしい、家庭人としての彼女。臨月間近の大きなお腹を抱えている姿も相まって、理知的で温かみのある魅力的な人物に造形されている。この映画において、物語の歯車を回すのは犯罪者であり、警察官である彼女は必ずしも主役という扱いではない。しかし、彼女がいなければ、本作はもっと荒んだ、後味の悪いものになっていただろう。
 ちなみにこのマージ、アメリカでは非常に人気が高く、アメリカ映画協会主催のヒーロー人気ランキングでは“スターウォーズ”のオビ=ワン・ケノービをも上回る33位にランクインした実績を持つ。彼女を演じたフランシス・マクドーマンドは、本作によってアカデミー賞女優として確固たるキャリアを築いた。
 うまく行きかけた悪だくみが、一つの偶然によってズレを生じさせる。短慮と無分別がそのスピードに拍車をかけ、やがて取り返しのつかない事態を引き起こす。コーエン兄弟お得意の脚本である。
 追い詰められた男たちが、次第にエゴをむき出しにして保身に走る無様な姿。人から何かを奪ったものはまた等しく、誰かに何かを奪われるのだという、因果応報の物語。“ビッグ・リボウスキ”や“バーン・アフター・リーディング”などの、兄弟の他の作品に共通するモチーフを、時にユーモアを交えながら、淡々と描いている。
 本来なら熱を帯びるはずの激しい暴力の描写は、洗練された色彩や引き気味のカメラワークのせいもあるのだろうか、どこか低温で、観客との距離を感じさせる。雪原が真っ赤になるほどの流血や、誘拐犯に蹂躙され嵐が去った後のように荒れた室内、大の男が罵り合い銃口を向け合うシーンでさえも。
 この視座がまた、コーエン兄弟のコーエン兄弟たる所以であり、多くの映画ファンを唸らせるものなのだろう。“ファーゴ”に彼らのエッセンスが凝縮されている、と書いたのはまさにこのためだ。もし本作がお気に召したら、彼らのディスコグラフィを是非たどっていただきたい。彼らの世界を存分に楽しめるはずだ。

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