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古今東西刑事映画レビューその40:逃亡者

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1993年/アメリカ
監督:アンドリュー・デイヴィス
出演:ハリソン・フォード(リチャード・ギンブル)
   トミー・リー・ジョーンズ(サミュエル・ジェラード連邦保安官補)

 本稿で取り上げる映画のタイトルを思案していた3月上旬、ハリソン・フォードの操縦していた自家用飛行機がゴルフ場に不時着したらしい、と言うニュースが飛び込んできた。一時は彼の安否について情報が錯綜し、ネット上の映画ファンのコミュニティなどもかなり騒然としていた。結局、重傷を負いはしたものの命に別状はないと言うことで、本当に何よりであった。
 そんなわけで今回は、ハリソン・フォードの怪我の全快と、これからの益々の活躍を祈って、彼の主演した映画をご紹介しようと思う。だいぶ昔のタイトルになるが、その名を“逃亡者”と言う。
 主人公は、ハリソンが演じるリチャード・ギンブルと言う名の医師だ。シカゴの病院に勤務する優秀な外科医で、仲間からの信頼も厚い。その彼が、愛妻を何者かに殺害されてしまう。そんなショッキングなシーンから物語は始まる。
 シカゴ市警は、外部からの侵入の形跡がないことや、リチャードが目撃した「片腕が義手の男」のアリバイがないこと、また妻が財産家であったことを理由に、リチャードを犯人として逮捕する。無実を証明する証拠を揃えられず、彼には死刑の判決が下されてしまう。
 死刑囚として刑務所へ護送されるリチャードだったが、山奥の夜道で他の囚人たちが脱走を企てる。混乱の中、運転手が射殺され、コントロールを失った護送車は崖の下に落下し、更に貨物列車と衝突するという大惨事が起こる。辛くも事故を生き延びたリチャードは、自らの汚名を雪ぐために逃亡を決意、一路シカゴへと向かう。
 そんなリチャードの追手として登場するのが、連邦保安官補のサミュエル・ジェラードだ。事故現場から立ち去った死刑囚がいたことを早々に見抜いた彼は、部下たちとともにリチャードを追跡する。はたして、冷徹で執念深いサミュエルからリチャードは逃げ切れるのか? そして、妻を殺害した真犯人を見つけることが出来るのか?
 ……と言うのが本作のあらすじである。
 無実の罪を晴らすため逃亡する主人公とそれを追う捜査官、と言うプロットは、それを聞いただけでもワクワクするくらい優れた設定である、と個人的には思う。逃亡に困難が伴えば伴うほど、追手が優れたハンターであればあるほど、サスペンスとしての面白さは増していくわけで、この作品では、リチャードが切れるカードは自らの知恵と体力、そしてわずかな友人だけ、しかも逃走は人里離れた山奥からのスタート、と、観客をくぎ付けにする要素は十分と言える。
そしてまた、追手のサミュエルも魅力ある人物だ。頭脳明晰で判断は的確、洞察力に優れ、リーダーシップもあり、従う部下たちもサミュエルを敬愛していることが伺える。無実を訴えるリチャードに「お前が有罪か無罪かには興味がない」と言い放ち、逃亡者の捕縛という職務のみに忠実に行動する男だ。そんな恐ろしい男の追跡によって、リチャードの逃走劇は更に困難を極めることになる。
 物語の前半はリチャードがシカゴにたどり着くまでをダイナミックなアクションをメインに描き、後半はサミュエルの追跡の手を逃れつつ妻を殺した真犯人を追い詰めていくと言う謎解きが中心になる。
そんなスリリングな展開の中でも、追われる身でありながら困っている人を見ると手を差し伸べずにいられないリチャードの人柄や、リチャードの逮捕に執念を燃やしながらも徐々に彼の無実に気が付いていくサミュエルの心の変化など、人間をしっかりと描くことでドラマに更に奥行きが出ている。脇役や悪役も表情豊かで、印象に残る。非常によく練られた、優れた脚本である。
最後に、サミュエルの職業である「連邦保安官補」について解説を。ドラマや映画でも出番の多い「連邦捜査官(FBI)」と同じ司法庁に所属する「連邦保安局(USMS)」と言う機構に紐づいている職業である。
連邦法に抵触する犯罪の捜査や容疑者の逮捕が主たる職務であるFBIに対し、USMSは連邦の司法の保護を最大の職務とする。具体的には裁判中の判事や検事の身辺警護から、被告人の輸送や裁判所の警備を行っているのだが、逃亡した被告人の追跡・捕縛も彼らの大きな職務のひとつである。連邦保安官は合衆国全土で100名前後と絶対数が少ないため、実質的には「保安官補」と呼ばれるサミュエルや彼の部下たちのような人々が実務を取り仕切っている。
そんな連邦保安官や連邦保安官補が主人公の映画だが、作品の数こそFBI捜査官ものほど多くないものの、彼らの職務の質のせいか、重厚かつシリアスな雰囲気の作品が多いように思う。ニコラス・ケイジが凶悪なハイジャック犯と渡り合う“コン・エアー(’97)”や、連邦保安官に扮したレオナルド・ディカプリオが刑務所で起こった失踪事件の謎を追う“シャッター・アイランド(’09)”が代表的なところだ。どちらの作品も非常に良質で、おすすめできる作品である。
もう1作品、併せておすすめすべき作品があった。トミー・リー・ジョーンズ主演の“追跡者(’98)”だ。これは他でもない、本作のスピンオフ。サミュエル保安官補が堂々の主役を張る作品だ。ぜひ、“逃亡者”とセットでご覧いただきたい。

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