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古今東西刑事映画レビューその18:刑事

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1959年/イタリア
監督:ピエトロ・ジェルミ
出演:ピエトロ・ジェルミ(イングラヴァーロ刑事)
   エレオノーラ・ロッシ・ドラゴ(リリアーナ)
   クラウディオ・ゴーラ(バンドゥッチ)

 「イタリアで初めて製作されたサスペンス映画」と言われる本作。製作年は1959年と、実に半世紀以上も前のものである。
 1959年と言えば、“十二人の怒れる男”や、“北北西に進路を取れ”“お熱いのがお好き”などの作品が日本で封切られた年だ。アカデミー賞は“ベン・ハー”が11部門で受賞と言う、いまだ破られない偉業を成し遂げ、ベルリン映画祭では黒澤明が“隠し砦の三悪人”で監督賞を受賞した。映画に疎い人でもタイトルに聞き覚えのあるような、今なお愛される古典的名作が続々と生み出された年であり、そして今回ご紹介する“刑事”もまた、その中のひとつに列せられるべき良作である。
 監督・主演を務めるピエトロ・ジェルミは、1950年代から70年代にかけ活躍したイタリア人映画監督だ。初期のリアリズムを追求したヒューマンものから、後期のコメディ作品まで、彼が世に送り出した作品はいずれも高い評価を得ているが、特にこの“刑事”と相前後して製作された“鉄道員(’56)”“わらの男(’57)”が代表作として知られている。
実はこの映画、主題歌が日本で大ヒットしたことでも知られている。邦題を「死ぬほど愛して」と言うのだが、作曲者のカルロ・ルスティケリは、日本から入ってくるこの曲の印税があまりに多額で驚いたと語ったこともある。シンプルながらも哀愁に溢れたメロディや、どことなく昭和歌謡を思い出させる歌い手のアリダ・ケッリの声質などは、確かに日本人好みかもしれない。
そんな「死ぬほど愛して」がそっとかぶさってくるファーストシーン。画面に映し出されるのは、ローマの古い街並みだ。広場と、広場の空気をうるおす噴水、そして石造りのアパートメント。いかにもイタリア的な光景に心を奪われていると、突如画面に響きわたる女の悲鳴が事件の始まりを告げる。アパートメントの住人の自宅に、白昼堂々強盗が押し入ったのだった。
捜査に当たるのは、ピエトロ・ジェルミ演じるイングラヴァーロ警部と、彼が率いる刑事たち。彼らは当初、被害者の家で女中を勤めるアスンティナの恋人・ディオメーデを疑うが、ディオメーデにはアリバイがあった。
アスンティナは同じアパートメントの別の住人・バンドゥッチ家の女中も兼任している。彼女の雇い主であるリリアーナ・バンドゥッチは、イングラヴァーロ警部に女中と彼女の恋人の人柄の良さを請け合った。実際、被害者を警察署に呼んで行った面通しでも、被害者はディオメーデを「犯人ではない」と断言したのである。
強盗事件の捜査が思うように捗らない中、同じアパートメントで今度は殺人事件が起こる。被害者は、先の強盗事件で警部とも顔見知りになったバンドゥッチ夫人だった。2つの事件を捜査するイングラヴァーロ警部は、被害者を取り巻く人々の虚々実々を目の当たりにすることになる……。
次々と現れる容疑者たちは、皆癖のある人物で、誰が犯人でもおかしくないと思わせられる。彼らが見せる表と裏の顔は陰影に富んでおり、質感を伴った奥行のある人物造形がなされている。容疑者らを追う刑事たちも同様で、スマートなルックスを持ち、いかにも切れ者と言った風情のイングラヴァーロ警部が、恋人らしき女性に多忙をなじられ、散らかり放題の自宅で寂しく独り寝する様子には、思わず共感してしまう人も多いことであろうし、若手の刑事が聞き込みついでに女性をナンパしようとしてフラれるシーンでは、イタリア男のチャーミングさが余すところなく表現されている。
おそらく、監督ピエトロ・ジェルミが真に描きたかったものは、謎解きのスリルやスキャンダラスな人間関係ではなく、ローマに暮らす市井のひとびとのリアルな姿だったのだろう。
人生を各々必死に生きている、普通の人々に注がれるまなざし。彼らがどんな愚行を犯そうとも、反対に、勇気溢れる行動をとろうとも、過剰な演出を施すことは無い。ただ、真摯に彼らの心情をとらえ、姿を映し出す。被写体への愛にあふれた、それでいてリアリスティックなこの視点は──それこそが、イタリア映画の大きな魅力のひとつなのだが──、現代のイタリア映画を代表する監督、ジュゼッペ・トルナトーレや、気鋭の若手監督、マッテオ・ガローネらの作品の中にも息づいている。
また、劇中に挿入される音楽に名曲が多々あるのも良い。イタリア伝統の「カンツォーネ」の流れを汲む曲たちは、この“刑事”の「死ぬほど愛して」がそうであるように、詩情にあふれた旋律でもって、映画を演出している。
本作はモノクロなのだが、イタリア映画は色彩も美しい。テラコッタやアイボリー、サンドベージュなどの、イタリアの街並みそのままのニュートラルカラーに彩られた画面は、ありのままの姿に美を見出すイタリア人気質を体現しているようにも思われる。
イタリア映画には、イタリア映画にしか作れない、イタリア映画だけの魅力が山のようにある。そのルーツを探る意味でも、この“刑事”はぴったりの作品と言えるだろう。




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