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古今東西刑事映画レビューその37:ブラック・レイン

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1989年/アメリカ
監督:リドリー・スコット
出演:マイケル・ダグラス(ニック・コンクリン刑事)
   アンディ・ガルシア(チャーリー・ビンセント刑事)
   高倉健(松本正博警部補)
   松田優作(佐藤)

 本稿を書いているのは12月中旬、師走も折り返し地点の頃である。「今年の漢字」「今年の流行語大賞」など、年の瀬を感じさせる催しがニュースで取り上げられ、すっかり今年を振り返るような気分になってしまうのだが、とりわけ2014年は、邦画ファンにとっては忘れがたい年になったのではないだろうか。
 11月、戦後の日本映画を牽引してきた俳優、高倉健さんと菅原文太さんが、相次いで他界された。お二方に心から哀悼の意を示しつつ、今回は高倉健さんが出演したアメリカ映画、“ブラック・レイン”をご紹介したいと思う。
 生涯で200本以上の映画に出演し、アウトローからサラリーマンまで様々な役を演じた高倉健だが、その活躍は国内にとどまらず、海外からのオファーも数多かった。学生時代に培った英語力を生かし、ハリウッドの映画に登場することもあった。この作品もその内の1本である。
 名匠リドリー・スコットの監督作であるとか、撮影監督が“スピード(’94)”のヤン・デ・ボンだとか、マイケル・ダグラスが“ウォール街(’87)”でアカデミー賞を獲った後の第1作だとか、そして何より松田優作の遺作であるとか、掲げる看板が山のようにある作品である。ただ、実際に観てみれば、観るべきところはその豪華な見た目だけではない、非常に味わい深い作品であるということがわかる。
 高倉健の役どころは、大阪府警の警部補・松本。主役のマイケル・ダグラス、相棒役のアンディ・ガルシアに次ぐ重要な登場人物である。寡黙で、忍耐強く、規律に厳しく、職務に忠実な男だ。
当初、坂本龍一にこの役のオファーがあったということだが、坂本は役のイメージと自分が一致しないという理由で辞退している。確かに、松本役には、より高倉健のほうが相応しいように思われる。と言うより、高倉以外にだれが演じられるのか、と言うほどの適役である。ふとした仕草に優しさやはにかみを漂わせるのもいかにも高倉健らしく、松本はただの厳つい中年男で終わらない、魅力的な人物として描かれている。
 その松本警部補と行動を共にすることになるのが、マイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアが扮するニューヨーク市警殺人課の刑事、ニックとチャーリーだ。
2人は、白昼のニューヨークのカフェで起こった殺人事件に遭遇する。追跡行のすえ犯人(松田優作)を捕らえると、犯人は佐藤と言う、日本人のヤクザだった。
佐藤の移送を命じられた2人の刑事は彼を伴って日本へと向かう。空港で、佐藤の身柄を引き受けに現れた日本の警察に彼を無事預けたと思いきや、彼らは佐藤の手下が扮したニセ警官であり、ものの見事に逃げられてしまったことが発覚する。
 失態を挽回したい2人は捜査への参加を申し出るが、大阪府警の大橋警視(神山繁)はそれを許さず、部下の松本を監視役につける。
 時を同じくして、大阪の飲食店「クラブ・ミヤコ」で殺人事件が発生する。殺されていたのは佐藤を連れ去ったニセ警官だった。ニックは、クラブの女主人、ジョイス(ケイト・キャプショー)から、事件の犯人は佐藤であることを知らされる。佐藤は自分の元ボスの菅井(若山富三郎)と大阪の覇権をめぐって抗争状態にあり、今回の殺人もそれが理由だというのだ……。
 脚本の骨子は、いわゆるバディ・ムービーである。そしてまた、異邦人が異国を旅するロード・ムービーでもあり、日本のアウトローが登場するクライム・ムービーでもある。だが、この作品をより面白くしているのは、左で挙げたような娯楽的要素だけが理由ではない。異なる価値観の対立を様々な形で描いていることこそが、この映画の真価なのだ。
この映画が製作された80年代後半は、日米間の経済摩擦が深刻さを増していたころだった。日本車をハンマーで打ち壊すなどのデモンストレーションさえ行われ、日本でも報じられているような時代だった。貿易の相手国として、また安全保障の同盟国として、不可欠だけれども、煙たい存在として互いを見做していた日本とアメリカ。初っ端から対立するニックと松本は、そんな両国の象徴のようでもある。そんな彼らが、どのようにしてお互いを認め、理解し、リスペクトするようになるのか。それが、本作の大きなテーマのひとつとなっている。
異国人同士の対立ばかりでなく、若者と老人、善人と悪人、男と女、様々な対立がこの映画には表れている。それらは決してどちら側にも傾くことなく描写され、ただ対立の事実が、観客の前に提示される。そこから何を感じ取るかは我々次第だ。
 そして、この映画を語るうえで外せないのが、病をおしてカメラの前に立った松田優作鬼気迫る姿だ。この作品が大きなステップアップに繋がるはずだったことは間違いない名演を披露しており、本作の公開直後に早逝したことがつくづく悔やまれる。また、そんな松田の演技ばかりが語られがちな本作だが、高倉健や若山富三郎ら大ベテランの重厚な演技も素晴らしい。年代によっては、松田優作や高倉健の演技にほとんど触れたことがない方もおいでのことだろう。そんな方にもお勧めしたい作品だ。
 映像美で知られるリドリー・スコットが描く大阪の風景も特筆ものだ。喧騒にまみれた猥雑な大阪の繁華街が、まるで近未来の異国の都のように詩的に変貌している。
見逃せないポイントは何個でも挙げることが出来るほど。125分たっぷり、いや、上映時間以上に楽しめる名作なのである。

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