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第8話『パンとコーヒーと共通項』

この間の木曜日、俺はホリキタからプラネタリウムに誘われた。もともとは、ノグチも誘って、3人で行く予定だった。しかし……。
「なんていうか、ゴメンね」
目の前にいるホリキタが、ぺこりと頭を下げる。
一瞬、ホリキタの着るタンクトップの隙間から胸が見えそうになり、俺は慌てて頭を下げた。
「いや、なんつうか、俺のほうこそすまん」
俺は結局、ノグチとホリキタの仲を取り持つことができなかった。
だから、俺たちは二人だけでプラネタリウムへ来ることになってしまっていた。
「キミが謝ることじゃないでしょ。ていうか、来てくれなくてもよかったのに」
ホリキタは、横を向いて頬を膨らませた。
「なんだよそれ。誘ったのはホリキタだろ?」
「もともと、アタシは来ないつもりだったの」
「はぁ? それじゃあ、俺とノグチだけじゃん」
「それでいいのよ」
意味がわからない。
俺とノグチが二人きり? そんなの、ただただ気まずいだけじゃないか。
俺は、思ったままを言った。
するとホリキタは、溜息を一つつき、「天然記念物モノね」と言って、スタスタと歩き出してしまう。
「待てよ」
俺はその後に続く。
シビックの自動ドアが開き、だだっ広いエントランスに入った。
シビックのエントランスは、左手にカフェがあり、その隣にエスカレーター。奥が図書館や展示スペースになっている。上の方の階に何があるのかはよく知らない。
科学館と、プラネタリウムは、右手にあるエレベーターに乗って行く。
「さすがに、まだ早いわね」
ホリキタがつぶやく。
時計を見ると、まだ1時を少し回ったところだった。特別上映は1時30分から始まる。入場は10分前からだ。
「なんか飲むか?」
俺はカフェを指差した。
「オーケー」
ホリキタは、きびきびと歩いてカフェの扉を開けた。
俺はその後に続く。
カフェといっても、パン屋に毛が生えたようなもので、ほとんどセルフサービスだ。昔はもっとレストランっぽい店だったとオトンから聞いたことがあるが、今のスタイルなら、気取った雰囲気がないので、俺たち中学生でも割りと入りやすいと思う。
もっとも、周りの奴らは、近くにあるファストフード店へ行くことが多いから、ここを使っているのは俺くらいかもしれない。
ホリキタを見ると、慣れた感じで、ちゃっかりパンを選んでいた。
「パンも食うの?」
「悪い? だって、ここのパン、美味しいじゃない」
「それは同意。ってか、来たことあるんだ?」
「図書館とセットでね」
この間の天体観測といい、ここといい、ホリキタと俺は、案外趣味が似てるのかもしれない。
「そういうことなら、俺も食うかな」
俺は、ソーセージにパンが巻きついているものを選んでレジへ進んだ。
アイスコーヒーを注文し、しばし待つ。
横を見ると、ホリキタはパンダの顔をしたパンを持っていた。
「……お前、それ?」
ホリキタは、一瞬ぽかんとした後、自分の持っているパンダへと視線を落とす。
しばらく見ていると、耳が真っ赤になっていく。
「……美味しいのよ、コレ」
「へぇ……それだけか?」
俺は、ホリキタが見せた意外な一面をネタに、絡むことにした。
「……何がよ」
「美味しいってだけで、それを選んだのかって聞いてんだよ」
顔がにやけてしまう。
「そうよ」
「何が美味しいんだ?」
「中の……えっと、チョコクリーム……?」
ホリキタは言い淀む。俺はその隙を逃さなかった。
「チョコクリームのパンなら、他にもいくつかあるよな? その中から、なんでパンダなんだ?」
「……」
ホリキタが言い淀む。
俺はきっと、意地悪な顔をしていたに違いない。
「どした? ん?」
少しして、ホリキタはポツリと言った。
「……可愛い、から」
すかさず追撃する。
「え? なんだって??」
ホリキタはため息をつき、それから、ムッとした顔で言った。
「可愛いからって言ったのよ! アタシが可愛いの好きじゃ悪い?! こう見えても、アタシ、女子なんですけど!!」
むきになったホリキタの態度に、俺は思わず吹き出す。
「悪い悪い。そうだよな。女子だもんな」
ホリキタは、「もうッ!」と言って、片頬を膨らませた。さっきもこんな表情してたな。ホリキタの癖なのか。
「あんまり女の子をからかっちゃいけませんよ」
突然言われてドキッとした。
振り返ると、店員さんがアイスコーヒーを差し出してきた。
「はい、お待たせしました」
店員さんは、「ふふふ」と笑っている。
「あ、ありがとうございます」
俺はアイスコーヒーを受け取る。
「女の子は、無条件に可愛いものが好きなんです。それは、古今東西、万国共通、絶対不変です」
「ね?」と、店員さんはホリキタへ同意を促す。
ホリキタは「ええ」と言って、こくりと頷いた。それから、勝ち誇ったような笑顔でこちらを振り向く。
なぜか、店員さんも同じ様な顔をしている。
「悪かったよ」
「わかればよろしい」
ホリキタは、鼻で笑う。
「メイちゃんも、アイスコーヒーでいいんですよね?」
店員さんがホリキタに言った。
ホリキタが答える。
「お願いします」
「はーい。じゃ、ちょっと待っててくださいね」
店員さんは、ふわりと振り返り、店の奥へと引っ込んでいった。
「なんだよ、知り合いかよ」
「アタシ、常連なの。それにしても君、コーヒーなんて飲むんだね」
ホリキタは、意外そうな顔をしている。
「ああ、オトウ……親父が好きでさ。家にいる時は、だいたいコーヒー飲んでんだ、うちの家族。ハンドドリップとかいうやつも出来るぜ、俺」
「へー」
ホリキタは、感心した様子だった。
「ホリキタも、よく飲むのか?」
今度は俺がホリキタに尋ねた。
「まあね。うちの場合は、母さんが凝ってるの。うち、エスプレッソマシンあるよ」
「マジ? それはうらやましいわ」
エスプレッソマシンは、俺もオトウも欲しいと思っているものだ。オトウは、ユーロピコラという本格的なやつが欲しいと言っているが、俺はデロンギのオシャレなやつで充分だと思う。
「メイちゃんは、ラテアートもできるんですよ」
さっきと同じ唐突さで、店員さんがホリキタのアイスコーヒーを持ってきた。
それを受け取りながら、ホリキタは答える。
「まだまだ練習中です。モアさんにはかないません」
「モアさん?」
突然出てきた名詞に、俺は戸惑う。
「私です」
店員さんが自分を指差した。
「園崎モアです。若葉萌えるの萌えに、愛情の愛で、モアって読ませます。変な名前ですよね」
モアさんは、そう言って笑った。
「そんなことないです。可愛いです」
ホリキタは、そう言った。
「ありがとうございます。じゃあ、デート、楽しんで下さいね」
モアさんは、いたずらっぽく笑う。
「違います!」
俺とホリキタは、同時に否定した。
それを見て、更に愉快そうにモアさんは笑う。そしてそのまま手を振って、他の客の対応へと向かっていった。
「ああもう、本当に違うのに……」
ホリキタは、片手で額を抑えながら、ガックリと頭を垂れた。
「ずいぶん、仲いいんだな。なんか、年の離れた姉妹みたいだぜ」
言いながら、俺は席を探す。
ちょうど、窓際の席が空いていたので、ホリキタを促して座ることにした。
「モアさんにはよくしてもらってるの。アタシのラテアートも、基本はモアさんに教えてもらったのよ」
ホリキタは、パンダの耳を千切って、口に放り込んだ。
「ふーん。やっぱり、その……パン、ダとか……描くのか? プッく……!」
言いながら俺は、堪えきれずに吹き出した。
やっぱり、ホリキタにパンダは、イメージが違う。
「キミ、アタシのことなんだと思ってるの?」
ホリキタの冷たい眼差しが刺さる。
「んー? クールビューティ」
パンを食べながら答えた。
カリッとフワッとしたパンの食感と、パリッと言うソーセージの食感。途端、口の中にじゅわっと肉汁が広がる。美味い。
「なにそれ」
ホリキタはストローでアイスコーヒーをすする。
「美味しい」
俺もコーヒーをひとすすりする。最初はブラックが俺の飲み方だ。それからミルクを入れてひとすすり。最後は、ガムシロップを入れる。苦味、コク、甘さを余すことなく楽しむには、これが最高だと思う。
ホリキタは、ブラックでひとすすりした後、ガムシロップを入れてかき回す。そうしてから、クルクルと氷が回っているところへとミルクをゆっくりと垂らす。黒と白、そして茶色のマーブル模様がグラスの中に広がった。その模様が落ち着き出す前にホリキタはまたアイスコーヒーをすすり出した。
「シャレた飲み方するんだな」
ホリキタは、「んー?」と、ストローに口をつけたまま、上目遣いで俺を見る。
「こうすると、飲むタイミングで味が変わって面白いのよ」
「なるほどなぁ。今度やってみるわ」
そういえば、オトウがたまにそんな飲み方をしていたかもしれない。
それからも俺たちはコーヒーやパンについて語り合った。

そうこうするうちに、いつの間にか開場時間になっていた。
「そろそろ、行くか?」
「そうね。遅れたらバカみたいだもの」
そう言ってホリキタは俺の分のトレーとコーヒーの空きカップを手に取った。
「片してくるわ」
「お、サンキュー」
俺は荷物を取り、外へ出た。少し遅れて、ホリキタが続く。
「じゃ、行きますか」
俺たちは、プラネタリウムへ続くエレベーターへと足を運んだ。

#小説 #サイバーパンク

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