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第9話『プラネタリウム』

科学館やプラネタリウムへ続くエレベーターは、ロケットの打ち上げをモチーフにしている。エレベーターが動き出す前には、カウントダウンをする音声が入り、動き出してからは、ロケットブースターの射出音が轟々と響く。そして、エレベーターの外には、宇宙空間を模した空間が広がっているのだ。
何度来ても、この光景には心が躍る。
「俺、このエレベーター好きなんだ。なんか、ワクワクしねぇ?」
ホリキタに問いかける。ホリキタは、視線を外へ泳がせたまま答えた。
「アタシも好き」
短い返事だったが、その言葉には熱があり、そして、その目はキラキラと輝いていた。ホリキタは、本当に宇宙が好きなのだろう。
「そういえば、アレ、もう大分できてきたのかな?」
「アレ?」
ホリキタは小首を傾げながら、俺へと振り返った。
「ええと、なんつったっけ。ほら、宇宙へ行くエレベーター」
その言葉だけで、ホリキタは、ピンと来たようだった。
「ヤコブの梯子? 軌道エレベーターね。核になる衛星側のベテル、受け皿となる地球側のルズ、どちらも順調に拡張工事できてるみたいよ。ベテル側からの工事も、地上で組み上げた部品を向こうで装着するだけだから、けっこう簡単だって聞いたわ。ブロック遊びみたいなものね。まぁ、規模が壮大だから、それでも完成までには十年単位の期間がかかるわ。そうは言っても、アタシ達が母さん達の年齢になる頃には完成しているはずよ。……そういえば、現地には、NASAはもちろん、つくばからも技術者が集められているのよね」
「……お前、詳しいんだな」
思っていた以上にホリキタがたくさんしゃべったので、俺は少し面食らった。ホリキタがこんなに詳しいとは……。
俺はと言えば、エレベーターの名前すらうろ覚えだったというのに。
「好きなものは徹底するタチなの、アタシ。でも、このくらいの情報は、ニュースで流れているレベルのものよ」
そうなのか。というか、ニュースなんて見てるのか。
「くそー、アイサン付けてくりゃよかった! ホリキタの話聞いてたら、そのエレベーターについて調べたくなってきたぜ」
言ってから、「しまった」と思った。ホリキタは、アイサンが嫌いなのだ。
しかし、ホリキタの反応は、予想したものとは違っていた。
「ま、調べ物するには、便利よね」
「あれ、お前、アイサン嫌いじゃなかった?」
「心情的に嫌いだということと、道具としての利便性を認めていることとは別よ」
難しい言い方をしてはいるが、要するに、嫌いだけど便利だよねってことか。
「それに、アイサン、というか、eye-thinkの原型って、もとはヤコブの梯子建設のためのデバイスとして研究開発されたものなのよ」
「マジ?」
「マジ。宇宙空間での作業って、宇宙ステーションや、地上の本部との情報のやり取りが必要不可欠なんだけど、そうすると、どうしたって音声情報に偏ってしまうのね。でも、それだと情報が限られる。だから、情報を視覚情報として表示、送受信できるデバイスが必要になったわけ。初めは、宇宙服そのものにモニターをつける案もあったんだけれど、どうしても操作性の問題がクリア出来なかった。そこで、目に直接貼り付けるデバイスというアイディアが採用されたのよ」
アイサンにそんな経緯があったとは、全く知らなかった。
「なんか、スゲーもん使わせてもらってんだな、俺らって」
素直な感想だった。
「便利なものは、大抵凄いのよ。電子レンジやインターネットなんかも、元をたどれば軍事技術だしね。かつては、戦争が技術革新を支えていたけれど、今は、宇宙開発が技術革新を支える時代なのよ」
「そんなことを言えるホリキタもスゲーな」
これも、素直な感想だ。
「ありがと。さ、ついたわよ」
照明が落ち、扉が開く。するとそこは、科学館とプラネタリウムへのエントランス。まっすぐ行けば科学館。右に折れればプラネタリウムだ。
もちろん、俺たちはプラネタリウムへ行くため、右手に進む。
プラネタリウムへと続くゲートの前には、数人の客が並んでおり、その左右にスタッフの姿があった。俺たちは列の最後尾に並んだが、すぐに順番が来た。ホリキタがあらかじめ用意しておいてくれたチケットをスタッフに渡す。
ゲートを通りながら、俺はホリキタに尋ねた。
「チケット代、本当にいいのか?」
「いいのいいの。計画が上手くいかなかったお詫び」
計画? なんのことだ??
そのことを俺が尋ねても、ホリキタはのらりくらりとかわすだけだった。
ゲートを通り、しばらく進むと、そこは大きなホールになっている。天球劇場とも名付けられているこのホールこそが、シビックのプラネタリウムだ。
「おお、デケー」
思わずそうこぼした。
実を言うと、プラネタリウムへ来たのは初めてなのだ。
ホールの真ん中には小さなステージがあり、その周りを取り囲むような形で、円形に椅子が並んでいる。そして、その頭上には、巨大な球状の天井が広がっているのだ。この上なく広い。しかし、どこか狭苦しくも感じる。そんな、不思議な空間だった。
野球ボールの中に入ったら、こんな感じだろうか。
そんなことを思った。
「けっこう、凄いね」
ホリキタも驚いている様子だ。
「なんだよ、プラネタリウム来たことなかったのかよ」
「ないわよ。だって、必要ないもの」
「必要ない?」
「里美牧場。毎週あんな星空を見てるのに、プラネタリウムなんて必要ないでしょ?」
なるほど、それはその通りだ。
「それより、キミも来たことなかったの?」
「ねーよ。機会がねーもの」
「機会?」
「地元に凄いものがあると、案外行かないもんだろ?」
「それはそうかも」
正確に言えば、小学生の時、一度だけ見学に来る機会はあった。しかし、その時俺は風邪をひいて、学校を休んでしまったのだ。それ以来、プラネタリウムへ行く機会は、今の今まで全くなかった。
でも、初めてのプラネタリウムが、ホリキタみたいな美人と一緒なら、それはそれでよかったのかもしれないなと思う。
それから俺たちは、チケットに記載された席を探し、座った。
「そういえば、さっきの……軌道、エレベーター? だけどさ。つくばがどうとかって言ってなかったか?」
「ええ、言ったわよ」
「つくばって、あのつくば?」
「ええ、あのつくば」
つくばは、茨城県の南西にある街だ。そのあたりは、美味しくてお洒落なカフェが多く、オトウとオカアが、たまに俺を連れて行ってくれることもある。
だから、「つくばと言えばカフェ」というのが、俺の中のイメージだった。
「なんで、つくばが軌道エレベーターに関係してくるんだ?」
ホリキタは、また一つため息をついた。
なんだか、俺としゃべると、ホリキタはしょっちゅうため息をついている気がする。
「キミ、茨城県民なら、ちょっとは茨城のこと知っておこうよ……」
俺は右手を軽く挙げて、「がんばりまーす」と返事をした。
ホリキタは、呆れ顔で答える。
「……つくばは、日本、いえ、世界でも有数の科学技術研究に熱心な街なのよ。とりわけ、宇宙技術は世界トップクラス。だから、軌道エレベーターの開発にも関わってるってわけ」
そうだったのか。確かに、それを知らないのは恥な気がする。
「本日は、日立天球劇場、特別上映『夏の星物語』にご来場頂き、まことにありがとうございます」
ふと、アナウンスが流れた。
「いよいよ始まるわね」
ホリキタは、そう言って居住まいを正した。心なしか、口元が緩んでいるようにも見える。けっこう、楽しみなようだ。
そんなホリキタの様子をチラチラと眺めていたら、スッと辺りが暗くなった。
そうだ。いよいよ始まるのだ。
次の瞬間、天井いっぱいに白鳥や鷲、琴を持った女性の姿が映し出された。他にも、夏の星座にまつわる動物や人物が、次々と流れていく。
そして、デカデカとタイトルが現れた。
そこにアナウンスがかぶる。
「夏の星物語」
簡単なオープニングが流れたあと、星や神話の様々な映像が映し出されていった。
どうやら、前半は映像作品で夏の星座にまつわるエピソードを紹介するらしい。
それにしても、映像が凄い。
いや、映像自体は驚くほどでもないのだけれど、迫力と臨場感が凄いのだ。映画館のスクリーンとは違う、視界全てが映像に満たされる感覚。
まだ星空は見ていないが、この迫力だけで、俺は既にプラネタリウムの虜になっていた。
隣のホリキタを見ると、やはり彼女も圧倒されているようだ。口を半開きにして、映像に見入っている。
やがて、映像作品が終わると、いよいよプラネタリウムの上映となった。
先程までとは一転して、静かで穏やかな星空が視界を覆い尽くした。
しかしそれは、俺が普段見ている星空とも、里美牧場で見た星空とも違って見えた。
何が違うのかとふと考える。
そして気付いたのは、星の大きさが違うということだった。いつも見ている星や、里美牧場で見た星よりも、その大きさが、ひと回りかふた回り大きく映されているのだ。
しかしそれは、違和感よりも、没入感を与えてくれた。星空の中にいるような、そんな感じ。
ホリキタも、同じことを思っているのだろうか。
俺は気になって、ホリキタへと振り返る。
すると、その目に光るものがあった。
いや、そう見えただけかもしれない。
けれど、とにかくホリキタが感動しているであろうことは、ひしひしと伝わってきた。
その表情を見ていると、なんだか、俺は無性にホリキタに尋ねたくなってしまったのだ。
だから俺は、小さな声で尋ねた。
「なあ、ホリキタ」
少し間があってから、ホリキタは返事をした。
「……うん?」
「なんで、星空や宇宙が好きなんだ?」
再び、間が空く。
しかし、今度はさっきよりも長い。
あまりの間の長さに、答えを聞くのを諦めて視線を前へ戻そうとしたその時、ようやくホリキタは答えた。
「……友達を探しているの。星になった友達を——」
その言葉の意味を、俺は理解することができなかった——。

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