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第4話『根』

週が明けた月曜日。
さっそく、コネではテステロ失敗の原因解明が進められていた。
俺はもう原因を知っていたが、だからと言って、それを言う気はなかった。
解答用紙が出揃えば、自然と分かることだ。
俺が何かを言わなければならないのは、その後だろう。
「と、いうわけで、解答用紙が出揃ったわけだけれど。うん、見事に一人分足りないね」
ニイクラだ。
タマキが続ける。
「んーと、足りないのは、メイちゃんのだね。メイちゃーーん、いるぅ?!」
しかし、反応はない。
「気まずくて出てこれないのかな?」
アサノが言う。
その問いかけに、ノグチが答えた。
「メイは、なんていうか、えと、そういうのじゃないの」
タマキが重ねて質問する。
「じゃー、なんなの? 私、メイちゃんと絡むことほとんどないから、そこらへん分かんないんだよねー。ノグッチーは仲良いよね、メイちゃんと。そこらへんどーなってんの? 何がそういうんじゃないの?」
「えと、あの、えっと」
ノグチは困惑している。
「ねぇ、はっきり説明してよ」
タマキは更に問い詰めた。
俺は思わずノグチの方を見る。
傍目には、ノートを写しているようにしか見えないが、その顔は、明らかに焦燥していた。
ふと、別の視線を感じる。
その方を見ると、ホリキタがこっちを見ていた。
俺と目が合ったことを確認すると、ホリキタは、ノグチへと目配せした。
どうやら、ノグチの異変に気付いているらしい。
俺は、軽く自分の目を指さした。
ホリキタは、納得した風な顔をして、ノートへと目を戻す。
俺はコネへと意識を戻し、発言した。
「ホリキタについてなんだけど、俺から一言、いいか?」
俺の発言に、空気が一変したのを感じる。「なんで、お前が?」きっと、皆そう思ったのだろう。
しかし、最も驚いたのは、ノグチのようだった。
ノグチは、目を見開いて俺の方を見ていた。
俺はノグチに軽く頷く。「俺に任せてくれ」という意味だ。
またもタマキが噛み付いてくる。
「なんで、スズキくんが出てくるわけ? 私はノグッチーに聞いてるんだし、第一、スズキくんてメイちゃんと何か関係あるわけ?」
「関係あるってほどでもないけどよ。この間、偶然話す機会があったんだよ。そん時にホリキタから聞いた話しなんだけどさ——」
俺は、ホリキタから聞いた考えと、そのことから受けた俺のホリキタへの印象を語った。
「——まあ、これは俺の印象なんだけどよ。とにかく、ホリキタには悪気は全くなかったはずだぜ。っていうか、そもそもテステロの話しすら知らなかったんだ。だから、これは仕方ないだろ」
俺がそこまで言うと、ミチルが発言した。
「んー、まぁ、コネでしかやりとりしてなかったし、仕方ないんじゃないかな」
ニイクラが続く。
「そうだね。それに、話し合いに誰が参加してるかも特に確認していなかったし」
「全員いると思い込んでたもんなぁ」
マサルがそう言った。
「そんなわけでさ、ホリキタのことは責めないでくれねぇかな? こういうことがあったんだってことは、ノグチ辺りから話してやってさ。そんで、もしまたテステロをやるなら、そん時はホリキタにもきっちり話そうぜ」
皆の反応を待つ。
男子は、俺とミチル、マサルやニイクラの発言に同意を示し、「仕方ない」というムードだ。
女子も、それに同調を示す者が多く、また、ノグチが「メイにはちゃんと話しておくから」という発言もあったため、こちらも今回は仕方ないという空気が広がっていた。
なんとか上手くおさまりそうだ。
俺はそう思った。
「てなわけで、今回は、これにて終了ってことで。頼むぜ、タマキ」
最後に俺はそう言った。
まとめ役のタマキが締めれば、全て終わる。
「……みんなはそれでいいのね? ……それじゃあ、今回はそーゆーことにしておこっか」
タマキも、渋々ながら認めてくれた。
よかった。ホリキタと話したあの夜、密かに誓った俺の役目を、俺はちゃんと果たすことができた。
あとは、俺の方からもホリキタに話しをしておけばいいだろう。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
ノグチが、再びこちらを見ていた。
俺が見返すと、ノグチは、はにかみがちに「ありがとう」と口だけを動かした。
俺は、グッと親指を立てて見せた。
昔、オトウに紹介された映画のポーズだ。
まあ、きっと、ノグチは知らない。
でも、ノグチもグッと同じポーズをした。
その頰は赤くなっていて、照れているのがバレバレだ。
コネでは、男子がホリキタの話題で盛り上がっていた。
「アイサン使ってないってことは、実力で100点とったんだよな? それって、凄くね??」
「俺らも見習おうぜwww」
「てか、ホリキタって美人だよな」
「話しかけにくい雰囲気だけどな」
「それがいいんだろうがjk」
「クールビューティーってやつぅ?」
そんなやりとりを見ながら、俺は少し優越感を感じていた。
俺は、皆の知らないホリキタの一面を知っているのだ。

その日の放課後、意外な相手からコネが飛んで来た。
グループチャットではなく、ワン・オン・ワンチャットで、だ。
差出人は、ホリキタメイ。
「アタシの知らないところで随分と世話になっちゃったみたいね。ありがとう」
「気にすんなって。本当なら、この間話した時に俺からホリキタに話しておくべきだったんだよ。そうすりゃ、ノグチだって責められることはなかったはずだぜ」
少し遅れて、ホリキタが発言した。
アイサンはほとんど使っていないという話しだったから、発言するのも一苦労なのかもしれない。
俺は、あのクールなホリキタが、一生懸命にアイサンを操作している姿を想像して、ちょっとニヤけた。
「ううん。知ってたとしても、アタシじゃ上手く謝れなかったよ。だから、これが一番いいカタチだったと思う。アリサも感謝してたよ。あの子、引っ込み思案だから、ああいうの苦手で……。だから、スズキくんに援護してもらって、すごく喜んでた」
「そう言ってもらえると助かるよ。ノグチにもよろしくな」
「あの子、男子の友達も多くないから、仲良くしてあげてね」
確かに、ノグチが男子と話している姿は、あまり見たことがない。
しかし。
「それは、ホリキタもだろ?」
「アタシは、そういうのはいいのよ」
「そういうのって、どういうのだよ?」
「さぁてね」
ホリキタが悪戯っぽく微笑んでいるのが目に浮かんだ。
「じゃ、そろそろ切るわ」
「おいおい、それだけかよ? てか、切るって、電話じゃないんだから」
語尾にwをつけるのはやめた。
たぶん、ホリキタはネット用語にも疎いのだろう。
「他に用なんてないし、お礼したかっただけだから。……こういう時は、なんて言うの?」
つくづく簡潔な奴だ。
でも、素直に質問してきたのは意外だった。
「なんていうか、もっとこう……あるだろ?雑談とか、しりとりとかさぁ。てか、素直に質問するのな。……終わる時は、『落ちる』って言うんだよ」
「ありがと。でも、キミとしりとりする趣味はないわ。それより、アタシが素直だと、何か問題あるわけ?」
問題はない。
というか。
「案外、可愛いところもあるんだなと思ってよ」
俺がそう言った途端、ホリキタが沈黙した。
癇に障ったのか……?
嫌な時間が流れる。
謝ろうかと思ったその時、ホリキタは言った。
「じゃ、落ちるわ」
そういって、ホリキタはコネからいなくなった。
……明日、学校で謝ろう。
俺は、そう心に決めたのだった。

次の日の朝、俺は校門でホリキタを見かけ、小走りで近寄った。
「ホリキター!」
ホリキタが振り返る。
その隣には、ノグチもいた。
ホリキタはきょとんとした顔をしていたが、ノグチは、なんだか照れくさそうだ。
やはり、男子は苦手なのか。
「何?」
ホリキタはどことなく冷めた目をしている。
「昨日、あんなこと言って悪かった。案外ってのはひどかったよな。本当、すまん」
俺は目をつむり、深々と頭を下げた。
しかし、ホリキタは黙っている。
そんなに怒っているのか。
うっすらと目を開けてみる。
ノグチの脚がわなわなと震えている。突然のことにあたふたしているのかもしれない。
一方、ホリキタの脚は、微動だにしていなかった。
しかし、不意にその脚がぐっと開かれた。
そして、次の瞬間。
ドサッという衝撃が背中に走った。
「うおっ!」
どうやら、ホリキタは手にしたスポーツバッグで俺の背中を殴ったようだった。
「そんなの気にしてないわ。アリサ、行こう」
そう言うと、ホリキタはノグチの手を引き、すたすたと下駄箱へ続く階段を上っていった。
ノグチは、手を引かれ、おろおろとしながら俺とホリキタを何度も交互に見ている。
俺は、苦笑いしながらノグチに手を振った。
ノグチは、赤面しながら手を振り、下駄箱へと消えていく。
それを見届けてから、俺もゆっくりと下駄箱へ向けて歩き出した。
俺は、完全に、まずったらしい。

「スズキくん、ちょっと」
トイレから出てきた俺の腕をホリキタが掴んだ。
3時限目の体育の移動時間だ。
「な、なんだよ?」
「いいからっ!」
俺は、そのままホリキタに連行される形で、廊下の隅に追いやられる。
幸い、誰にも見られてはいない。
「お前、トイレの外で待ち伏せてたのか?! それ、女子としてどうなんだ?」
「キミが一人になるのを見計らっていたら、こうなっただけよ。キミも、変に勘ぐられるのは嫌でしょう?」
それは確かにその通りだ。
男子と女子のツーショット。
まして、普段、男子と話さないホリキタと、成り行きとはいえ、ホリキタをかばった俺だ。
変な噂が立つのは目に見えていた。
「朝のアレ、本気?」
ホリキタは、疑いの目で俺を見た。
「もちろんだ。本気で悪かったと思ってるよ」
俺は、真剣さを伝えるために、ホリキタの目を真っ直ぐに見つめた。
すると、ホリキタの唇が震え出し、そしてそれは溜め息となった。
「……キミが筋金入りの鈍感くんだってことは分かったよ」
言いながらホリキタは、がっくりと頭を垂れる。
意味がわからない。
「鈍感って、何がだよ?」
ホリキタは、やれやれといった仕草をした。
「問題は二つあるわ。でも、私から言えるのは一つね。それは……」
そこで、ホリキタは言葉を止めた。
もったいぶっているというより、言い方を考えているようだ。
「それは?」
俺は、たまらず先を促す。
すると、ホリキタはそっぽを向き、小声で言った。
「……女の子には、気軽に可愛いなんて言わないこと」
「は?」
「じゃ、アタシ、行くから」
ホリキタは走り去る。
俺は、二つの問題の、そのどちらも理解することはできなかった。

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