見出し画像

第6話『The first step』

「おはよ、有紗。今日はもう行くの?」
「あ、お、おはよう。芽依……」
次の日の朝、アタシは、いつもより少し早く有紗との待ち合わせ場所にやって来た。
いつもアタシは有紗を待たせてしまう。でも今日は、昨日、一緒に帰れなかった分、アタシが待っていようと思ったのだ。
しかし、なぜか、有紗はもう待ち合わせ場所から少し離れたところまで歩いていた。
「もしかして、昨日言ってた用事って、朝もあるの?」
有紗は昨日、用事があると言って、一緒に帰ることを拒んだ。もしかすると、その用事が終わっておらず、今日も朝早く出たのかもしれない。
アタシは、そう思ったのだ。
「う、うん、そんなところ」
でも、それはおかしい。
「そっか。大変なんだね」
有紗は、早く行く時は、必ずアタシにコネをくれるはずなのだ。
「うん……」
アタシはアイサンを持っている。
けれど、それはほとんど有紗専用だ。
有紗がアイサンを買う際、一人では不安だからということで、二人で一緒に買ったのだ。
そのために、二人で必死に勉強した。
ゴールデンウィーク前の復習テストで、二人揃って5教科合計400点以上をとるというのが、有紗とアタシの両親に取り付けた約束だった。
そして、アタシ達は無事、二人揃ってアイサンを手に入れた。
しかし、アタシは結局、それをほとんど使っていない。
有紗とのやりとりが主で、最近では、たまに、鈴木くんともやりとりをする。その程度でしか、使わないことにしている。
コネ上にあるクラスの集まりみたいなものにも入ってはいるけれど、中は覗いていない。
いらない情報ばかり入ってくるし、そういう擬似的な集まりは、簡単に壊れてしまうから。
アイサンが便利なことは認める。
でも、だからこそ、アタシはアイサンをなるべく使いたくない。
便利なものは、諸刃の剣だ。
便利であるがゆえに手軽で、何にでも応用できる。
アイサンに関して言えば、欲しい情報は、すぐに手に入る。
発信したい情報は、どこまででも届けられる。
でも、だからこそ、その情報には価値がない。
なぜって、手に入れるのにも送り出すのにも苦労がないのだから。
苦労がなければ、実感がない。
実感がなければ、価値がない。
アタシはそう思う。
そしてまた、便利なものは、便利であるがゆえに、使い方を一つ間違えれば、一気に悲劇へと向かう。
あるいは、故意に悲劇を起こすこともできる。
アタシは、その怖さを知っている。
きっと、誰よりも——"今生きている"、誰よりも——。
でも、そんな恐ろしいアイサンは、同時に、有紗との絆でもある。
だから、有紗がコネをくれずに、アタシとの待ち合わせをすっぽかそうとした裏には、何かがあるはずなのだ。
まして、こんな嘘までついている。
有紗はアタシに何かを隠している。
アタシは、そう直感していた。
でも、アタシはひとまずその直感を無視する。
なんとなく、嫌な直感だったから。
「その後、鈴木くんとはどうなの?」
アタシは、有紗が喜びそうな話題を提供した。
瞬間、有紗の顔がぱっと華やぐ。
それから、赤面する。
うん、いつもの有紗だ。
「ど、どうなのって、何にもないよ! ただ、学校で挨拶してくれたりするだけ……」
有紗は、鈴木くんのことが好きらしい。
元々、有紗は鈴木くんのことをよく話題に挙げていた。それが、この前の一件で完全に恋へと変わったようだ。
鈴木春人。
ちょっとカッコつけたがりな、どこにでもいる男子。
アタシは、そう思う。
でも、だからこそ、アタシと有紗をかばってみせたところは、すごいことだと思う。
人は流されやすいものだ。特に、アタシたちのような、狭いコミュニティで生きている人は。
狭いコミュニティの中だからこそ、アタシたちは、そのコミュニティから外れてしまうことを極端に恐れる。
まして、そのコミュニティが一つの方向に向かって突き進んでいる時、その中で、皆と違うことを言うというのは、なかなか出来ることではない。そういう時のコミュニティは、内外に対し、異常なまでの攻撃性を持つからだ。
鈴木くんは、その攻撃性を無視して、皆と違うことを言った。
これができるのは、本当に強い心を持っているか、あまり深く考えないタイプかのどちらか。
鈴木くんは、どちらだろう。
アタシは、そこまでは測れていない。
でも、どちらにしても、それによってアタシたちは救われたのだ。
それには、感謝している。
「コネとかしないの?」
「あの後、ちょこっと話しただけ。かばってくれてありがとうって」
それは、アタシもしたことだった。
でも、この照れ屋で引っ込み思案な有紗が、お礼のためとはいえ、自分から鈴木くんへコネをしたというのは、大きな進歩だと思う。
「その後は?」
アタシは、それから偶に、本当にごく偶に、鈴木くんとコネでのやりとりをしていた。
「ううん。それからは、何も。あまりコネとかしても、迷惑かなって」
「鈴木くんの方からは?」
「何もないよ。私と話せる話題ってなさそうだし」
有紗は、「へへへ」っと、困ったような顔で笑った。
有紗のこういうところを、アタシは可愛いと思う。
しかし、同時にアタシはがっかりした。
有紗にも、鈴木くんにも。
有紗は自分の恋のためにもっと動くべきだし、鈴木くんは有紗の気持ちに気付くべきだ。そのために、アタシは何度か鈴木くんに有紗の話題を振っている。でも、どうやらアタシのささやかな努力 は、意味をなしていないらしい。
そのことにも、がっかりした。
「アンタねぇ……」
落胆しつつ前を見ると、学校の掲示板に、プラネタリウムのお知らせが貼ってあった。
どうやら、今週末から、夏の星座にまつわる特別上映が行われるらしい。
アタシは、瞬間的に直感する。
これだ。
「有紗、今週土日空いてる?」
それを聞いた有紗は、困惑した顔をした。
「えっと、日曜なら空いてると思うけど……」
アタシは、ちらりと上映時間を確認する。
「じゃあ、日曜の1時にシビックの前集合」
シビックというのは、プラネタリウムがある施設の略称だ。本来は、日立シビックセンターという。
図書館や展示スペース、科学館、音楽ホール、そして、プラネタリウムがある。アタシも、たまに本を借りに行くことがある場所だったりする。
「な、なんで?」
「アタシと有紗と鈴木くんで、プラネタリウム行こう」
有紗は、「えええ!」と驚く。
「なんか、鈴木くん星とか好きらしいから、色々話聞こうよ」
もっとも、アタシはドタキャンするつもりだ。
ベタな手だけれど、有紗と鈴木くんには、きっとこれが一番効果的だと思う。
有紗は、まだ、「どうしよう……」と困惑している。
アタシは、そんな有紗の手を引いて昇降口へ続く階段を上っていく。
そういえば、つい最近もこんなことがあったっけ。
そんなことを考えながら、昇降口を通り抜け、下駄箱の扉に手をかけた。
「どうしようどうしよう」と考え込んでいる有紗にアタシは、「大丈夫、ただ三人で遊ぶだけだって」と声をかける。
それでも落ち着かない有紗を、アタシはとてつもなく愛おしく思った。

——けれど、この時の有紗の困惑が、二つの意味を持っていたのだということを、アタシは、後から知ることになる——。

#小説 #サイバーパンク

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?