見出し画像

第5話『We can't read our hearts』

人の心は見えない。
ある時から、アタシはそう考えている。
自分が親友だと思っていても、たやすく裏切られる。自分が何も思っていなくても、大事に思われていることもある。
だから、友情なんてまやかしだ。
でも、それでも人は生きていかなければならない。
誰かと関わり合いながら……。
アタシは芽依。
堀北芽依。
中学2年生の、どこにでもいる……ちょっとワケアリな女の子。
「練習終了! お疲れさん! 片付けたら、もう帰っていいぞ!!」
バレー部顧問の滝田先生が、部活の終了を告げた。
アタシは、手にしていたボールを一度地面に叩きつけてからキャッチすると、そのままカゴへと運んでいった。
コートでは、1年生達がネットを取り外しているところだ。
「これ片付けたらそっち手伝うから、まだポール倒さなくていいよ」
「はいっ!」
アタシの言葉に、1年生たちは元気よく返事を返す。
カゴの周りでは、同級生の浅野優姫や、上級生達が集まっていた。話し声が聞こえないところからすると、コネでやりとりしているのかもしれない。
「失礼します」
アタシは、そう言ってカゴにボールを片付けた。
途端、彼女達は気まずそうにその場を離れる。
誰も何も言わなかったが、浅野だけは、アタシの隣を通り抜ける際に、ボソリと「調子にのらないでよね」と言った。
アタシは振り返る。
「何?」
「別に」
浅野は、アタシを振り返ることなく体育館を後にした。
あんなのをいちいち気にしてもいられない。
アタシは、1年生達の下へと走っていった。
「手伝うよ。さぁ、片付けましょう」
コートの片付けは、1年生が行うのが暗黙のルールだ。
でも、手が空いているなら誰だって手伝えばいい。
アタシは、そう思う。
「じゃ、上げるよ。せーのっ」
ポールを抜き、一度倒す。
「美希ちゃん、翼ちゃん、朱美ちゃん、三人はそのままポールを片付けて。終わったら、上がっちゃっていいから。アタシはあっち手伝ってくるわ。じゃ、お疲れ」
「はい! お疲れ様でしたー!」という三人の返事を背に、私はもう一本のポールを片付けに走る。
ポールの下では、玉木成美——同級生の玉木和美の妹だ——が手を振っている。
「堀北せんぱぁい! いつも、ありがとうございまぁす!」
「はいはい。さっさと片付けて帰りましょ」
アタシ達は、ポールとネットを体育用具室へと運び込み、体育館を後にした。
去り際に、成美ちゃんと遥花ちゃんが声をかけてきた。二人とも、この春からの新入生だ。
「堀北先輩! 今日、一緒に帰ってもいいですかぁ?」
アタシは、瞬間考え込む。
いつもは、有紗と一緒に帰るからだ。しかし、今日は別々で帰ることになっている。有紗には、何か用事があるらしかった。
「うん。構わないよ。でも、アタシと帰っても、何も面白いことないよ?」
成美ちゃんが、屈託無く笑いながら答える。
「そんなことないですよぉ! 私達、先輩に聞きたいことがあるんです。ね、遥花?」
問われて、遥花ちゃんは礼儀正しく答える。
「先輩がご迷惑でなければ」
「んー、まぁ、聞かれて困ることは特にないかな。いいよ、何でも聞いて」
嘘だ。
私には、聞かれて困ることがある。
でも、それを知っているのは、ここには誰もいない。
「先輩、もともとは東京に住んでたって本当ですかぁ?」
「うん、そうね」
そう、アタシは元々この辺りの出身ではない。彼女が言う通り、東京の出身だ。
「それで、U-13の強化選手だったとか」
今度は遥花ちゃんだ。
彼女の言っていることも当たっている。
「ええ、それも本当よ」
確かに、私は13歳以下で結成されたバレーボールチームの強化選手だった。
だから、小学生の頃は、今以上にバレーボール漬けの毎日を過ごしていたものだ。
「なんで、辞めちゃったんですかぁ?」
成美ちゃんが尋ねる。
「こっちに引っ越すことになっちゃったからね」
「でも、地方から通っている人もいますよね?」
今度は遥花ちゃんだ。
「何人かはね。でも、いくら茨城と東京が近いって言っても、週に何回もあっちへ行くってわけにもいかないから。そんなに面倒するくらいなら、アタシは部活でバレーを楽しみたいのよ」
これは嘘だ。
やろうと思えば、アタシはいくらだって、U-13や、その上のU-16のチームを続けることは出来る。
でも、アタシには続けることが出来なかった。
それこそが、アタシがワケアリな理由だ。
「でも、もったいないなぁ。先輩、バレーの実力バケモノ並みなのに」
遥花ちゃんが、成美ちゃんを小突く。
「成美、それ、失礼」
「いいよいいよ別に。成美ちゃんなりのホメ言葉でしょ?」
成美ちゃんは、「にへへー」と笑ってみせる。
笑顔がよく似合うコだ。
「でも、そもそも何で引っ越すことになったんですか?」
胸がズキリと痛んだ。
「親の転勤。よくある話しよ」
これも嘘だ。
アタシの両親は、アタシのために転勤して茨城へ引っ越したのだ。
「今度は、アタシの方から質問いいかな?」
アタシは、話題を変えることにした。
東京や引っ越しの話しは、アタシにとって楽しい話題ではない。
「どうして、いつもアタシに話しかけてくるの?」
遥花ちゃんが素早く反応する。
「もしかして、迷惑ですか?!」
慌てふためいている様子が可愛らしい。
「そんなことないよ。ただ、二人ともアタシにばかりべったりだなぁと思って」
それを聞くと遥花ちゃんは、胸をなでおろし、「よかったぁ……」とつぶやいた。
この二人は、後輩の中でも特にアタシを慕ってくれている。アタシは常々、そう感じていた。
「それはそうですよ! だって、私達はホリキタ先輩に憧れて、バレー部に入部したんですから!」
成美ちゃんは、遥花ちゃんへ、「ねー?」と同意を求める。遥花ちゃんは、こくりと頷いた。
「ええ。部活紹介の時の先輩のバックアタックの音を聞いた時、心の底から揺さぶられたんです」
「他の先輩は、バシーンッ! て感じなのに、先輩のは、ズドゴォンッッ!! って感じで、ビックリしたんですよぉ」
成美ちゃんは、きゃぴきゃぴと楽しそうに話す。
「そうだったんだ?」
「そうですよぉ! だって、先輩、どっちかって言ったら、小柄な方じゃないですかぁ? それなのに、ぴょーんって高く跳んで、あんなにパワフルなアタック打つんですもん。びっくりですよぉ」
「私達の代は、多かれ少なかれ、先輩に憧れているんですよ」
それは初耳だった。
アタシが誰かの憧れになるだなんて、なんだか変な感じだ。
「でも、成美ちゃんのお姉ちゃんだって、陸上部のエースじゃない。それもすごいと思うよ」
アタシの同級生でもある玉木和美は、次期主将間違いなしと言われる陸上部のエースだ。実力だけでなく、統率力も兼ね備えており、クラスでの求心力も高い。
「お姉ちゃんも確かに凄いけど、なんていうか、普通に凄いって感じなんですよぉ。でも、堀北先輩は、なんていうか、もっと別で、なんていうか、なんていうか……」
成美ちゃんは、言葉を探して手をパタパタと動かしている。
「バケモノ?」
アタシは、少し意地悪な顔をして、そう言った。
「それですぅ!」
すかさず、遥花ちゃんのツッコミが成美ちゃんの胸の辺りに突き刺さる。
「だから、失礼だって」
「だから、気にしてないって」
そう遥花ちゃんの真似をして、アタシは言った。
遥花ちゃんの顔が赤くなる。
——そろそろ、家の近くだ。
「ありがと、二人とも」
アタシはそう言って、二人の一歩前へと歩み出た。
くるりと振り返る。
「それじゃあ、アタシん家あっちだから」
アタシは、「お疲れ」と言うと、踵を返して歩き出した。
後ろから、二人の「お疲れ様でーす!」という声が追いかけてくる。
アタシは、逃げるように歩みを早めた。
人の心は見えない。
あんなに慕ってくれている二人だって、本当に、心の底から慕ってくれているとは限らない。
あるいは、アタシの本当のことを知れば、離れていくかもしれない。

だって、アタシは——親友を殺した女だから。

#小説 #サイバーパンク

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?