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少しだけ深い傷跡。

 強烈な思い出がある。

それは、それ以外の記憶をほとんど均してしまうような強烈なもので、僕の中にはずっとその記憶の影響がある。ことあるごとに思い出す、僕の中の少しだけ深い傷跡を述べることをこの物語の最初のエピソードとしよう。

あれは僕がまだ高校生の頃だった。


クラスには、山本祐一という気の弱い男子生徒がいた。
妙に体が細くいつもヘラヘラとしているから宇宙人と呼ばれていた。
彼は特に何があるわけでもないのに、いつもクラスの中で目立ってヒエラルキー順位の低い扱いを受けていた。いじめ、というには違うだろうけれど、あまり丁重に扱われていないタイプの人だった。

高校二年生の、もう随分寒い季節だった。

クラスの中で勢いだけでリーダー面をしていた男、伊藤が出し抜けにこう言った。「カクトウギやりたいよな。」おそらく暇だったのだろう。少し体を動かしたいとか、その程度の話を彼は山本を眺めながらそう表現した。

僕を含めた友人たちは「そうだね。」などと気取った風を装って相槌を打った。特に共感したわけではないが僕らの毎日というのはそういうマンネリの中で渦を巻いていた。高校生活の中で持て余した熱量が場合によっては何か歪な形を持ってしまうのはよくあることだろう。

「なあ宇宙人、ちょっとトレーニングしよう。」

伊藤は山本にそう声をかける。
山本はヘラヘラとしながら、まっすぐ前を向いて座っていたその顔をこちらに向けて「え?トレーニング?」と聞き返した。明らかに聞こえているはずの声だったが、今にして思えばそれが彼なりの処世術だったのかもしれない。

トレーニングとは名ばかりの格闘技の真似事はクラスの床を使って行われた。全く見様見真似の寝技。関節技というものが山本の体を使っていくつも試された。

「あ!痛い!痛い痛い!!」
と山本が叫ぶ技もあればヘラヘラしたまま過ごす技もあった。
誰もが格闘技の経験もなく。何が危なくて何が安全なのかもわからないまま、ただ山本の体を実験台にしていた。

そしてその瞬間は訪れた。

「何やってんのー?」

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