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ライバル

 僕と洋平は中学時代、同じ柔道部でしのぎを削った仲間だった。

当初弱小チームだった自分たちの柔道部をなんとか盛り返して、顧問の先生を急き立てて、地区の大会でもろくに勝てなかったのをなんとか都大会のベスト8にまで登ることができた。

残念ながらもっとすごいエリートたちのいる学校には勝てなかったが、それでも練習環境の整っていない状況でここまでやれたのは自分たちの自信になったし、その自信や経験則は後輩たちにも引き継ぐことができたと自負している。

そんな弱小柔道部をここまでにした立役者である僕と洋平にはたくさんの高校からスカウトがあった。うちの柔道部に来ればもっと強くなれるよ。と、魅惑のお誘いだったが僕も洋平もそのお誘いには乗らなかった。

結局、自分たちの将来のことを考えて柔道からは足を洗った。
しっかりと勉強をして柔道に頼らない人生を歩むことを決めたのだ。

そして入学したのが今年から共学校になったこの高校だ。

先輩に男子はおらず、同学年にも数えるほどしかいない。
少し形見の狭い思いをしているが洋平とは案外悪くないな、なんて話している。

中学生というのはいかにも中途半端な時期だったんだな。
と思い返してみて感じる。大人ではもちろんないが、子供と言うほど子供でもないし、言葉で表現されるどの状況にも属さない瞬間というか。幼虫でもなければサナギでもないその過程の瞬間にいたんだな。と、思う。

新しく通う高校の新鮮な匂いはどこか胸を張りたくなるような静謐な空気を感じさせた。自分はもう中学生ではないんだ、という意識が強くなる。これが大人になるということなのかもしれなかった。

小高い山の上にある高校の教室から見晴らす景色は、とても素晴らしかった。女の子だらけの学校ということもあってか随分綺麗な建物だ。自分も清潔で、清廉な生徒でいよう。と思った。


入学してしばらくすると部活動の選択があった。
僕も洋平ももう柔道はやらないと思っていたがやはり鈍っていくのを黙ってみているのは悔しいもので、なんらかの運動部に属してみようかということになった。

部活動一覧の中に、残念ながら柔道部、というのはなかった。
剣道部、薙刀部、弓道部、合気道部などはあるが、それはあまりにも畑違いだなという気がしたし、今更バレーボールやバスケットボールっていう感じでもない。し、もし入ったとしても男子部が結成されてチームになる程、この学校に男子生徒が現状で存在するとは思えなかった。

そんな時、洋平が「あ、これなら行けそうじゃない?」と指差して声をあげた。

「格闘技部」

そこにはそう記してあった。
漠然としてるなあ。というのが僕の印象だ。
格闘技と一口に言ってもいろいろある。
柔道も空手もボクシングもレスリングも相撲も、何もかも格闘技だ。
判然としないまま、次の日の放課後に僕は洋平に連れられるようにしてその「格闘技部」を覗きに行った。

格闘技部道場というのは実にしっかりと広い柔道場跡地だった。
床には僕も慣れ親しんだ青畳が敷かれ、試合場2つ分、余剰分も合わせて120畳といったところだろうか。入り口の真正面には大きな窓があり日差しもよく差し込む綺麗で明るい道場だった。

そこでは15人程度の女子が短パンTシャツのトレーニングウェアに身を包んでトレーニングをしていた。中には自分とクラスが同じの浅川結衣もいた。彼女はどこか猫を思わせる綺麗な目が特徴的な美少女だった。細身の体は見るからに華奢だが、少しタイトなTシャツを来ているところを見ると胸などはしっかりとあるようだった。少しだけどきっとしたのは、僕が彼女のことを好きだからだろうか・・・。

「あのー、少し見学させてもらいたいなと思ってきたんですけど!」

洋平は元気よく彼女らに挨拶をする。

一瞬目を瞬かせあう彼女らであったが、最も大人っぽく最も女性らしい体つきの美しい顔の上級生が僕らの対応をしてくれた。彼女は名前を相沢美優と行った。

相沢先輩は実に優しく、でもどこかサバサバと僕たちに部の説明をしてくれた。彼女が僕たちにしてくれた説明はこうだ。

「格闘技部、とは総合的な格闘技を追求する部活である。対外試合などはなく、あくまで練習を通じて研鑽を積み自主的な行動や判断ができるような人格形成を目指している。わかりやすく言えば、各自が練習したい題材を持ち寄って研究したりしている格闘技同好会みたいなもの。」だそうだ。

彼女は洋平に「君たちは何か格闘技の経験があるの?」と尋ねた。
洋平は自慢げに柔道部でした、と答え彼女はとても嬉しそうに「それは素敵ね。」と答えた。

「じゃあ、明日から来てね。ちゃんと入部届書かないとだめよ。」

彼女は長い髪をきらりとたなびかせてにこやかに、そして美しくそういうと優しく手を振った。

僕と洋平は彼女のあまりに美しく、あまりにいい匂いのする姿に見惚れたまま「はぁい。」と気の抜けた声を出して道場を後にした。

僕と洋平が帰り道かなり浮かれていたのはいうまでもない。
なる程、大人たちが高校時代は楽しかったと口を揃えて話すことにも納得できる。これは楽しくなりそうだ。

僕らは早速次の日には入部届をガシガシと書いて担任に提出し、トレパンとTシャツを手提げ袋に押し詰めて放課後、道場に向かった。

不思議と浅川結衣は僕に何も言わなかった。
少しはお近づきになれるかなと思ったけれど、これは焦るな、という神の思し召しだ。と解釈することにした。

僕と洋平は彼女らに混じって走ったり筋トレしたり汗を流した。
やはりというか、なんというか、中学で限界まで追い込んだ練習をしていた僕や洋平にとってその練習はいかにも同好会的で、汗はかくけれど精神的な切迫感などを感じるにまでは至らなかった。

「じゃあちょっと休憩ねー。休憩終わったら各自研究してください。」
相沢先輩がみんなに声をかける。彼女はキャプテンらしい。

女子部員たちが「はーい」と黄色い声で返事をする中、僕と洋平も一緒になってスポーツドリンクを飲んだり汗を拭いたり少し外に出て晴れ渡った綺麗な春の空を眺めたりして青春のど真ん中にいることを心から満喫していた。

休憩から戻ると、驚いたことに女子部員たちはトレパンにTシャツ姿からスポブラに短いスパッツという露出度の極めてたかい格好に着替えていた。

「えっ・・・?」洋平が一瞬で鼻の下を伸ばして顔を赤くした。
僕もそれに釣られるように目のやり場に困りつつ、顔を赤くさせていた。

「じゃあ各自研究してください。スパーやる人は周りに注意してね。」

相沢先輩が優しくそういうと周りの女子部員たちが黄色い返事を返した。すぐに僕の腕が誰かに掴まれたので、え?と振り返ると、そこには浅川結衣の姿があった。彼女もまた、黒いスポブラと黒いショートスパッツに身を包んで、お腹や背中、肩や太腿は大胆に露出した姿で僕の手首をギュッと掴んでいた。

「ねえ、君柔道してたんでしょ?私とスパーしない?」

彼女と口を聞いたのはその時が初めてだった。

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