アップサイド・ダウン。
いつもこうだ。
春日野今宵は不貞腐れるように独り言を言った。
まだ梅雨が夏にもならない6月の終わりにかかったある日曜日のことだ。
会場はいつもの市民体育館。
春日野今宵はやけに湿気た柔道着を脱ぎながら、
一人更衣室の中でうずくまっていた。
たった一人の柔道部。まあ、昔からの誼で友達はいるにせよ、
やはり一人で練習するには限界があった。
今日の試合も、一回戦負け。
しかも年下の子相手に、まぐれとも言えない、情けない負け方。
このまま引退か。
もう柔道からは綺麗さっぱり足を洗って、
楽しい大学生活にした方が良さそうだ。
春日野今宵はなんだかせいせいした気分で窓の外を見た。
このネチネチとした湿気を増長させる、雨がサラサラと降って、
近隣の公園の緑を潤していた。まだ、試合は続いていたけど、今宵はそれを見る気にもなれず、一人で家路についた。
「あら今宵、早かったのね。」
台所で洗い物をしている母親が明るく、こちらを振り向くこともなくそういった。何を言わなくてもわかっているのだろう。期待なんて、していないしされていない。今日の試合だって、ちょっと遊びにいくくらいの気楽な感じだ。それでいい。
自室に入ると、カバンを放り出し
特に汗もかいていない柔道着を引っ張り出して部屋の片隅に捨てた。
一人でもできることはなんでもやった。最も遅くまで残って、一人にはもったいないくらい広い学校の道場で、汗だくになって死ぬほど努力した。
ポテンシャルがあるのは理解している。でも、それの活かし方がわからない。
いつの頃からか、それが普通になった。
努力しても努力しても、報われないことがある。
今宵はそんなふうに諦めようとするようになった。
まだ温度の残る弁当を、今宵は悔し涙に景色を滲ませながら、一口一口と食べた。階下では、母親がわざと大きめの音でテレビをつけたのが聞こえた。なんとなく。そうはいっても気を遣わせているのだな。
と思って、余計に泣けてきた。
外ではまるで今宵の心を慰めるように、その涙を覆い隠すように、雨足が強くなって、窓ガラスを叩いた。
「もう・・・・やだなあ・・・・。。」
自分の声が涙声になっていることに気づいて、今宵は箸を置いて、膝を抱いて、静かに泣いた。
気づけば今宵は暗闇の中にいた。
「むにゃ・・・?」
匂いが違う。
「うにゃ・・・。」
明らかに、自分の家ではないそこは何か硬い木のようなものにもたれている感覚だ。
「今宵?ねえ、今宵ってば!起きてよ!」
ゆさゆさと肩を揺らされて目を開けてみれば、
そこは紛うことなき森の中だ。
隣を見れば、同い年くらいの女の子が心配そうな顔で自分を揺さぶっていた。
「もう、探索中に寝ないでよね!」ぷくっと膨れたその顔は、間違いなく美少女だ。それもとびっきりの。
「え・・・誰・・・?」
今宵は思わず声に出した。
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