森の奥の奇妙な家。
都市伝説、というにはいやに具体的な話があった。それはいつから囁かれている噂なのか、誰が言い出したことなのか、本当なのか嘘なのか、誰もわからないけれどそれでもほとんど誰もが知っている。そんな話だった。
奥野透の住む町の外れには大きな森があった。
もちろん車でないと入れないし、入ったところで何があるわけでもない。
ただ手のついていない大きな森がある。
その森のどこかに大きな洋館が立っていて、そこには二人の美女が住んでいる。そしてその美女を見たものには幸せが訪れる。というのが噂だ。
ある春のうららかな日に奥野は友人の宮野と二人で連れ立って車を飛ばして森の中に入っていくことにした。
特に何を期待するわけでもなく、暇な大学生の戯れだった。そこに洋館があっても無くても、また美女がいてもいなくても、今日という日を有意義に過ごすことができたら彼らは幸せだったのだ。
「大体漠然としてるんだよな。」宮野がいう。
「幸せになれる、っつってじゃあ、その幸せってのは誰が定義してるんだよっていう話じゃない?」
「まあ、確かにそうだねえ。でもそれは個々人の思い描く幸せってことでいいんじゃないかな。」と奥野。
「うーん。であれば、だよ。なんでその女の子を見ないと個々人が思い描く幸せにすら辿り着けないのかっていう疑問が湧いてくるよ。」
宮野はこの噂に懐疑的である。
「まあまあ、なんていうのかね。確率が上がるっていうか、ほら量子論だよ。シュレディンガーの猫ってやつ?」と奥野は明らかによくわかっていない変な理論で応戦する。けれど詰まるところ二人はその噂がどうであれ、心の奥底ではほとんどどうでもいいと感じていた。彼らの目的は心霊スポット巡りにも似たちょっと日常から外れるようなスリルだったからだ。
しばらく森を切り裂く道を奥野が親から借りた車を走らせると少し開けた大きめの駐車場が現れた。車で入れるのはここまでらしい。
外に出てみるとなるほど街中の喧騒とはまるで縁のない静かで心が休まる世界が広がっている。宮野が思いっきり伸びをして春の心地よい空気と、森の木々の香りを胸いっぱいに吸い込んで、気持ちよさそうにうめいた。
「森っていうのはなかなかいいね。俺たちもそういう自然の良さがわかる歳になってきたのかな。あ、、ヤバイ俺花粉症だわ。」
宮野がそう言って慌てて鼻を抑えるのを見て、奥野は「大丈夫だよ。花粉ってのは街中で飛散するもんだよ。こんな森の中じゃ土が吸ってくれるから逆に花粉症の人でもムズムズしないものらしいよ。」とどこかで聞いた話を宮野に聞かせた。
宮野は「本当?」と言いながら恐る恐る手を外してみる。
花粉症ではない奥野にとって花粉症がどれほどのものかというのはわからないことだった。
「あ、まあ、今んとこ大丈夫かも・・・・。」
二人はグーグルマップでこの森全体を見渡してみることにした。
結果、森の中にはいくつかの建物があることがわかった。
そのどれもが用途のわからない建物であり、用事がない限り近付きたいと思うようなものではない。上から見ればどれも無機質な四角いコンクリートの塊である。
「三つくらい、この四角いのがあるなあ。こんな森の奥にどんな意図でこんな建物をたてるんだろう。」と宮野。
「さあねえ、もしかするとここにホテルを建てる予定があったりしたんじゃないかな。もしくはその、老人ホームとか。」
「ふむ。」
「で、なんらかの理由があってそれらは立ち消えになって工事も途中で辞めちゃって基礎の部分とか、建物の外はできたまま、ほったらかしにしちゃってた、とか?」奥野が推測を披露する。
「そうかもしれないね。」と意味深に口元を微笑ませる宮野は少し興味ありげにそのコンクリートの建造物がある方向を見やった。
「しかし宮野くん、今日の我々の目的は洋館に住う美女だよ。彼女らと仲良くなって、噂の真相を確かめないと。」
「おお、そうだった。」
宮野は少し大袈裟にリアクションしながら、奥野に同意する。マップ上でははっきりと洋館の屋根を確認することはできなかった。が、写りが鮮明ではない箇所もある。し、噂の尾鰭としてはその洋館はどれだけ探してもない時もあれば、森に入って程なく存在する場合もある。というのが定説だ。
「まあ、マップに頼らず気の向くままに入っていけば行き当たる時には行き当たるってことだね。」奥野が微弱な電波をキャッチするばかりの携帯をポケットに仕舞い込みながらそう言った。
「なるほど、その館を見つけることが出来た時点で幸せになる素質があるっていう感じなんだろうねえ。」宮野は半ば諦めたような口ぶりでそう呟いた。
二人は遊歩道を進む。
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