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秘密。1

 梓の部屋は、やたら豪奢なマンションの一室だった。

章人は高校一年生の頃から梓のことが気になっていて、何度も声をかけようとしていたがタイミングが掴めないまま二年になっていた。
周りの生徒と何かが決定的に違う。章人は梓についてそういう感想を持っていた。

どこか影があって、びっくりするほどの美人であるのにもかかわらず目立たない。
彼氏がいるという話も聞いたことがなければ、友人に聞いても彼女の印象はないという。
どこか冷たい気配のする彼女の大きな瞳に溢れる眼差しは、それでも章人の心を掴んで離さない。

悶々と彼女に恋い焦がれる一年が終わり、二年生になると章人はまた梓と同じクラスになった。
彼女の美しさは日に日に章人の心に募っていって、夏休みに入る前になるともう我慢できなくなっていた。

「あ・・・あのっ・・・。」

唐突だった。と、章人は自分でも思う。
こういうのはいろんなタイミングがあるだろう。
彼女に第一声をかけた後、章人の胸に去来したのはあまりにも短いスパンの後悔だった。

放課後、彼女が一人で学校の廊下を歩いているところに、章人は突然声をかけた。
「?」小首を傾げつつこちらを振り向く。
真正面から相対すると彼女のバランスのいい美しい顔がさらに綺麗に見える。
上目遣いで章人を見上げるその大きな瞳の可憐さに、章人は一瞬言葉をなくした。

「あ・・・あのっ・・・・。」

「はい・・・?」

彼女の声はまるで耳元に吐息を吹きかけられているように密やかで、親密だ。

「あの、一年の時からっ・・・・ずっと気になってました・・・・。もしよかったらっ・・・夏休み、どっか遊びに行きませんか・・・?」

真っ直ぐ目を見ていると、吸い込まれそうになってまともに喋れそうにないので
章人はギュッと目をつぶって、それだけのことを一息で言った。
恐る恐る目を開けると、彼女はなぜか少し品定めをするように章人のことを眺めて、
「いいよ。」と何気なくいった。まるで床に転がった消しゴムを拾ってくれるような気軽さで、章人の頼みを聞き入れたのだった。

「うち、くる?」

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