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カフェー丸玉事件

こんにちは。

 手持ちのお金に余裕があるときに、なぜか気持ちが大きくなって無駄遣いをしてしまったという経験があるでしょうか。とくに、異性の興味関心を引こうとして、高価な物をあげるという約束をすることもあるでしょう。

 そんなときに、その約束は法律上、どのように扱われるのでしょうか。後で冷静に考えて、あわよくば「前言撤回します」と言えるのでしょうか。

 今日は、この点を考える上で、法学部生の間では有名な「カフェー丸玉事件」(大判昭和10年4月25日法律新聞3835号5頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 大阪の道頓堀に「カフェー丸玉」というお店がありました。そこで料理を運んだりする仕事をしていた女給に対して、常連客の男が「ようねえちゃん、俺と付き合うなら400円あげるぞ。これで独立もできるでぇ」という口約束を交わしました。常連客の男は、女給と遊んだ後に、「やっぱり、400円は払わん」と言い出しました。これに対して女給が400円の支払いを求めて裁判所に訴えたのです。

(ちなみに当時の小学校の先生の初任給は50円程度です)

2 女給側の主張

 常連客の男は、たしかに私に400円をくれると約束してくれました。しかも私が「本当に払ってくれるの?」と確かめると「おう、ほんまや。嘘やと思うなら、ここに月100円ずつ4回の分割払いをする、ちゅう書面を書いたるわ」といって、書面まで作成しているんです。400円、きっちり払ってもらいたいです。

3 常連客の男の主張

 仮に、贈与契約が成立したとしてもなあ、その契約の中身は、女給と遊ぶ見返りにお金を払うっちゅう約束になっててなあ、こんな契約は愛人契約とおんなじで、公序良俗に反するから無効になるんや。だから、一円も払う必要もないんや。

4 大審院の判決

 女給と常連客の男は、短期間の付き合いで、深い縁故があるわけではない。女給の歓心を買うために多額のお金をあげると約束することもあるが、これだけで裁判所に訴えることができると即断できるわけではない。常連客の男が自ら進んでお金を渡してくれるなら女給は受け取ることができるが、そうでなければ支払いを強要することはできない。常連客の男に贈与契約をする意思があったかどうかの審理が不十分なので、この点については、大阪地方裁判所に差し戻す。

5 差戻控訴審

 しかし、差し戻された大阪地方裁判所の判決(大阪地判昭和11年3月24日法律新聞3973号5頁)では、次のような事実認定の下で、女給側が勝訴しました。

「常連客の男は、女給から自らの病弱さと、両親とも死別して身寄りがないこと、さらに独立して商売をしたいという希望を聞かされ、激しく同情した。常連客の男が400円を支払おうとすると、女給がカフェーではお客さんとの間で金銭の受け渡しができないことになっていると述べたので、常連客の男は兵庫県内にある温泉で400円を渡すことにした。しかし、温泉で常連客の男から400円支払いが困難であるとの事情を聞かされたので、女給は1回でも支払いを怠れば即座に全額請求できるとする条件をつけて、400円を分割払いで支払う旨を約束させた。さらに、女給が常連客の男に400円を貸したとする準消費貸借を締結することについて、常連客の男は承諾し、証書を作成した上で1回でも支払いを怠ったら訴訟を起こされても異議はないと述べていた。以上のことからすると、常連客の男には約束通りの400円の支払いを命じる。

6 隠れた大逆転裁判

 大審院の判決が出た当時の法律新聞では、「酒場の戯れ言」というタイトルで、酒場での約束を信じて裁判所に訴えてはいけないと大々的に報じられていました。

 しかし、その後の差戻控訴審判決で女給の請求が認められることになりましたが、酒場の戯れ言のインパクトが大きすぎたのか、その後の経過にはあまり注目が集まっていませんでした。

 個人的には、女給には深い法律の知識があり、また弁護士を雇うお金があったところに興味がありますね。

 では、今日はこの辺で、また。



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