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組長の使用者責任追及事件

こんにちは。

 マル暴といえば、暴力団を丸で囲むことから暴力団対策を担当する警察官のことを指すのですが、マル暴をモデルとした中川家のガサ入れのネタがリアルすぎて、むちゃくちゃ面白いですね。

 さて、今日は警察官が暴力団の抗争に巻き込まれて殉職したことで裁判に発展した「組長の使用者責任追及事件」(最判平成16年11月12日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 京都府警察の藤武剛巡査部長(44歳、殉職後に警部に昇進)は、私服姿で発砲事件の聞き込みをするために山浩組事務所に立ち寄り、用が済んで事務所を出たところ、山口組系暴力団第3次団体である山下組の組員に、敵対していた組員と間違えられて拳銃で胸を撃たれて即死しました。
 実行犯は翌日に出頭して、逮捕の後に実刑判決を受けましたが、上位の組織にあたる直属の組長らは逮捕されることなく、また被害者に対する弁償が一切なかったことから、藤武剛巡査部長の妻と3人の子どもたちは、実行犯と山下組組長だけでなく、五代目山口組の渡辺組長にも損害賠償責任があるとして1億6000万円の支払いを求めて提訴しました。

2 遺族側の主張

 加害者らは共謀の上、殺意を持って主人を殺害しました。彼らに不法行為に基づく損害賠償を求めるとともに、加害者の直属の組長と、さらには組織上最上位にあたる指定暴力団山口組渡辺組長にも、使用者責任の基づいて損害賠償を請求します。組同士のいざこざを抗争に発展させるか、抗争をいかなる段階で停止して終結させるかについて、傘下組織を擁する大規模暴力団のトップが全体を統制していることからすれば、抗争は、組織全体の頂点に立つ大規模暴力団の組長により支配された戦闘行為であり、組長にとって民法715条にいう事業執行性があると考えられるので、当然に使用者責任を負うはずです。

3 山口組組長らの主張

 傘下組織が山口組の組織の一部であることは強く否定する。組長が盃を交わした個々の組員は、それぞれの生い立ちと組加入の動機背景を異にし、また組員の率いる組織も山口組とは関係のなかった博徒やテキ屋の親分であった者が数多くおり、その親分が固有の歴史をもったまま組長と擬制血縁関係を結んで五代目山口組の組員となっているだけである。傘下組織の組員が自ら山口組の組員であるとの認識を有しているとしても、そのこと故に彼らが五代目山口組組員になるわけではないし、五代目山口組によかれと考えて行動したとしても、そのことゆえに、その行動が五代目山口組としての行動になるわけでもない。五代目山口組を階層構造をなす1個の組織などという遺族らの主張は全くの虚構である。組長は、傘下組織の構成員がどのようにして資金獲得活動をしているかを知らない。傘下組織組員に対する組織上の立場がいかに強力であるとしても、傘下組織の事情による抗争の前段階における行為について、事業性はないので、使用者責任は負わないはずだ。

4 最高裁判所の判決

 暴力団は、その団体の構成員である暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体であり、その共通した性格は、その団体の威力を利用して暴力団員に資金獲得活動を行わせて利益の獲得を追求するところにある。暴力団においては、強固な組織の結び付きを維持するため、組長と組員が「杯事(さかずきごと)」といわれる秘儀を通じて親子(若中)、兄弟(舎弟)という家父長制を模した序列的擬制的血縁関係を結び、組員は、組長に対する全人格的包括的な服従統制下に置かれている。
 山口組は、その威力をその暴力団員に利用させ、又はその威力をその暴力
団員が利用することを容認することを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても、山口組の名称、代紋を使用するなど、その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたこと、渡辺組長は、山口組の1次組織の構成員から、また、山口組の2次組織以下の組長は、それぞれその所属組員から、毎月上納金を受け取り、その資金獲得活動による収益が渡辺組長に取り込まれる体制が採られていたこと、渡辺組長は、ピラミッド型の階層的組織を形成する山口組の頂点に立ち、構成員を擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き、渡辺組長の意向が末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られていたことが明らかである。以上の諸点に照らすと、渡辺組長は、山口組の下部組織の構成員を、その直接間接の指揮監督の下、山口組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業に従事させていたということができるから、渡辺組長と山口組の下部組織の構成員との間には、同事業につき、民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立していたと解するのが相当である。
 また暴力団にとって、縄張や威力、威信の維持は、その資金獲得活動に不可欠のものであるから、他の暴力団との間に緊張対立が生じたときには、これに対する組織的対応として暴力行為を伴った対立抗争が生ずることが不可避であること、山口組においては、下部組織を含む山口組の構成員全体を対象とする慶弔規定を設け、他の暴力団との対立抗争に参加して服役した者のうち功績のあった者を表彰するなど、その資金獲得活動に伴い発生する対立抗争における暴力行為を賞揚していたことに照らすと、山口組の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為は、山口組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業の執行と密接に関連する行為というべきであり、山口組の下部組織の構成員がした殺傷行為について、渡辺組長は、民法715条1項による使用者責任を負うものと解するのが相当である。
 よって、渡辺組長の上告を棄却する。

5 暴力団対策法の改正

 今回のケースで裁判所は、暴力団の3次組織の組員がした暴力行為について、上位の組織の暴力団組長の使用者責任を認め、組長に約8000万円の支払いを命じました。
 また、この判決以後、暴力団対策法が改正され、指定暴力団員によって不法行為が行われ、不法行為が威力を利用した資金獲得行為を行うについて行われたものであり、損害が不法行為により生じたものであることを証明すれば、組長への損害賠償が認められるとされています。民法上の課題だった指示命令系統を証明しなければならないというハードルが、改正法で解消されていることを知っておくことは重要でしょうね。

【暴力団対策法31条の2】
指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。

では、今日はこの辺で、また。


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