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こんにちは。

 民法の改正により2020年4月から、特別養子縁組で養子に出せる子どもの年齢が6歳から15歳未満に引き上げられています。

 さて今日は、特別養子縁組の制度ができる前に、虚偽の出生証明書を書いてあかちゃんのあっせんをしていたことが問題となった「菊田医師事件」(最判昭和63年6月17日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 宮城県の産婦人科医だった菊田昇医師は、虚偽の出生証明書を発行して、子どもに恵まれない夫婦に他人の赤ちゃんを斡旋していました。200件以上のあっせんのうち、1件について愛知県産婦人科医師会長から告発され、医師法違反の罪により罰金20万円に処せられました。さらに社団法人宮城県医師会から人工妊娠中絶を行うことのできる医師の指定の取消処分を受けたことから、菊田医師はその指定医師の指定取消の処分の取消しを求めて提訴しました。

2 菊田医師の主張

 そもそも、宮城県医師会には、指定取消処分についての権限がないんじゃないのか。法律による行政の原理、憲法13条、14条、29条より、指定によって得た既得的地位を制限、剥奪するためには、法律にその取消権者及び取消の要件について明文の規定を必要とするはずだ。しかし、法律には単に指定医師の指定権を与える旨が定められているにすぎず、指定の取消権者及び取消の要件については何らの規定を設けていない。
 中絶時期を逸したため、産婦人科医を訪れて堕胎を依頼する女性の中には、特殊な事情から、親子関係の断続を願い、胎児をなきものにしようという強い決意を有するものが相当数存在し、このような女性は養子縁組の勧めには応じないし、一医師が断れば他の医師を再び訪れるか、又は出産のうえ自ら殺害する蓋然性が極めて高いのであって、そのまま放置すれば遅かれ早かれ胎児の生命が絶たれる運命にある。赤ちゃんのあっせんを行なったのは、放置すれば命を断たれる赤ちゃんの命を救うことにあったのだ。虚偽の出生証明書を作成したのも、それよりも大きな法益である人の生命を守るためのやむをえない緊急避難的行為であり、たとえ形式上違法であっても、実質的には違法ではない。そうすると、今回の取消処分は、取消の要件を欠くか、軽微な違法行為に対する処分が重すぎるのではないでしょうか。

3 宮城県医師会の主張

 およそ法令等によって任命権や指定権を与えられた者は、条理上当然に、法令等の明文の規定をまつまでもなく、解任権や取消権を有すると解すべきであり、医師会がその指定した指定医師に対し、指定の取消権を有することは自明の理である。また、菊田医師が言うように、目的や動機が人道的なものであれば手段が違法であってもかまわないという考えには安易に賛成できない。医師及び指定医師たる者は、先ず何よりもその職務を行なうについて法を遵守し、正しい医業を行なうよう努めなければならないのであって、苟も自己の信念ないし価値体系の下では正しいと信ずる行為だからといって、軽々と現行法規に抵触するような行為をすることがあってはならないのである。

4 最高裁判所の判決

 菊田医師が行った実子あっせん行為のもつ法的問題点について考察するに、実子あっせん行為は、医師の作成する出生証明書の信用を損ない、戸籍制度の秩序を乱し、実子の親子関係の形成により、子の法的地位を不安定にし、未成年の子を養子とするには家庭裁判所の許可を得なければならない旨定めた民法798条の規定の趣旨を潜脱するばかりでなく、近親婚のおそれ等の弊害をもたらすものであり、また、将来子にとって親子関係の真否が問題となる場合についての考慮がされておらず、子の福祉に対する配慮を欠くものといわなければならない。したがって、実子あっせん行為を行うことは、中絶施術を求める女性にそれを断念させる目的でなされるものであっても、法律上許されないのみならず、医師の職業倫理にも反するものというべきであり、本件取消処分の直接の理由となった当該実子あっせん行為についても、それが緊急避難ないしこれに準ずる行為に当たるとするべき事情は窺うことはできない。しかも、菊田医師は、実子あっせん行為に伴う犯罪性、それによる弊害、その社会的影響を不当に軽視し、これを反復継続したものであって、その動機、目的が嬰児等の生命を守ろうとするにあったこと等を考慮しても、菊田医師の行った実子あっせん行為に対する少なからぬ非難は免れないものといわなければならない。
 そうすると、医師会が指定医師の指定をしたのちに、菊田医師が法秩序遵守等の面において指定医師としての適格性を欠くことが明らかとなり、菊田医師に対する指定を存続させることが公益に適合しない状態が生じたというべきところ、実子あつせん行為のもつ法的問題点、指定医師の指定の性質等に照らすと、指定医師の指定の撤回によつて菊田医師の被る不利益を考慮しても、なおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められるから、法令上その撤回について直接明文の規定がなくとも、指定医師の指定の権限を付与されている医師会は、その権限において菊田医師に対する指定を撤回することができるものというべきである。
 よって、菊田医師の上告を棄却する。

5 特別養子縁組の法制化

 今回のケースで裁判所は、他人のあかちゃんを子に恵まれない夫婦にあっせんしたことを理由に医師法違反の罪で罰金刑に処せられた場合、公益上の必要性が高いと認められるときには、宮城県医師会は人工妊娠中絶を行なうことができる医師の指定の取消処分を行なうことができるとしました。
 菊田医師が日本社会に巻き起こした議論により、その後には養子を戸籍上は実子と同じように記載して配慮する特別養子縁組制度の法案が可決されることになります。「この赤ちゃんにもしあわせを」という菊田医師の最後まで変わらなかった信念をうかがい知ることができる事件でした。
 では、今日はこの辺で、また。


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