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明星大学遠隔授業事件

こんにちは。

 アメリカ国立訓練研究所の研究結果によると、ただ先生の話を聞くだけの授業では5%しか記憶に定着せず、経験や他人に教えることの方が圧倒的に学びの成果が出るようです。

 さて今日は、大学の授業がすべて遠隔授業になったことで、通常の授業を受けられなかった学生たちが授業料の返還を求めた「明星大学遠隔授業事件」(東京地方裁判所立川支部判令和4年10月19日TKC25593837)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 令和2年3月24日、明星大学は「新型コロナウイルス感染拡大の対応に関する基本方針」を定め、学生及び教職員の生命及び身体の安全確保を最優先とし、学生の学修の機会を保障するため可能な限り学事を実施するが、学生、教職員等の濃厚接触の機会を極力回避するため、年度当初の各種ガイダンスや健康診断等は原則として中止または延期し、当面は対面授業を行わないものとしていました。日本政府も令和2年4月7日に、新型インフルエンザ等対策特別措置法32条1項に基づき緊急事態宣言を発出し、安倍総理大臣は、「最も重要なことは、国民の行動を変えることであり、専門家の試算では、人と人との接触機会を最低7割、極力8割、削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができるとされており、効果を見極める期間も含め、ゴールデンウィークが終わる5月6日までの1か月間に限定して、人と人との接触の機会を7割から8割削減することを目指して、外出を自粛するように」と要請しました。
 令和2年4月20日、明星大学は、修学支援システム「勉天」を通じ、全学生に対し、対面授業開始予定日を令和2年5月6日としていましたが、日本政府による緊急事態宣言が解除されるまでは面接授業を行わない旨を通知しました。
 すると明星大学経営学部に所属する学生は、大学側が在学契約に基づいて対面授業を実施し、大学施設等の利用をさせる義務を負っているにもかかわらず、これらを怠っているとして、債務不履行に基づき145万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 学生の主張

 私は、明星大学と在学契約を締結し、令和2年4月1日、経営学部に入学した。年間の授業料は74万円、施設維持費22万円、教育充実費5万円、学友会費6600円、育星会費1万2000円を支払った。
 ところが、明星大学経営学部が開講した科目について、令和2年度前期及び後期を通して、対面授業ではなく、遠隔授業により実施された。 
 対面授業は、教員との直接的な対話を通じて専門知識を習得することができるのみならず、学生同士で議論や意見交換をして切磋琢磨することで、様々な物事の捉え方や意見の違いなどを学修することができるものであり、遠隔授業の比ではない大きな教育的効果を有している。対面授業こそが学校教育法の目的にかなった教育役務の提供というべきである。また、大学施設、例えば図書館を利用して図書や文献を閲読することは、専門分野における知識を習得する上で不可欠なものであるし、所属学部とは無関係の分野の書籍を閲読することで、様々な分野の興味関心を醸成するきっかけにもなる。
 これらのことに加え、明星大学が対面授業を含む体験型学習の教育的効果を重視しており、経営学部においても体験授業を通じて学ぶことを重視して学生に宣伝をしている。私がそのことを重視し、明星大学に入学したことも併せ考慮すれば、大学は、学生に対し、対面授業を実施するとともに、大学施設等を利用させる義務を負っていたはずだ。
 しかし大学は、我々に対し、令和2年度の授業において、対面授業を一切実施せず、大学施設を利用させる義務を履行しなかった。
 私は、対面授業が実施されることや、教育施設等を利用することができることを前提に高額な授業料を支払って入学したにもかかわらず、一度も対面授業を受けられず、また、教育施設等を利用することができなかったことなどから、精神的、経済的に追い詰められた。大学は、やむを得ず遠隔授業を実施する場合であっても、その理由について合理的な説明を丁寧に行うことが求められるのに、経営学部が開講する授業の中で、学部1年生が受講することのできる科目に対面授業がないことを示すだけで、対面授業を実施することのできない理由について合理的な説明をすることも一切なかった。そうすると、大学は在学契約上の義務を履行しなかったことになるので、授業料半額相当の55万円と、慰謝料90万円を合わせた145万円の支払を求める。

3 明星大学の主張

 学校教育法の規定に基づき定められた大学設置基準には、次のような定めがあります。

【大学設置基準】
25条1項 授業は、講義、演習、実験、実習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うものとする。
2項 大学は、文部科学大臣が別に定めるところにより、前項の授業を、多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所で履修させることができる。
32条5項 前4項又は42条の12の規定により卒業の要件として修得すべき単位数のうち、第25条2項の授業の方法により修得する単位数は60単位を超えないものとする。

 しかも、文部科学省高等教育局大学振興課が発出した令和2年4月21日付け「学事日程等の取扱い及び遠隔授業の活用に係るQ&Aの送付について」によれば、本来授業計画において面接授業の実施を予定していた授業科目に係る授業の全部又は一部を面接授業により予定どおり実施することが困難と認められる場合には、特例的な措置として、面接授業に相当する教育効果を有すると大学において認められるものについては、大学設置基準第25条第1項で規定する授業の方法を弾力的に取り扱って差支えないとして、遠隔授業等を行うことを広く認めていました。
 我々は、第1回目の緊急事態宣言の発出を受け、大学に休業要請が出される事態になっていたものの、学生たちの学修機会確保のために休業要請に応じず、学生及び教職員の安全確保と学生の学修機会の確保の両立のため、本来面接授業が予定されていた授業に代えて遠隔授業を実施することを決めたのです。また、令和2年7月8日から1年生に対しても図書館の利用を可能とするとともに、パソコン端末等を所持していない学生のために26号館の3階及び4階のパソコン演習室を利用可能とし、その後、26号館の5階の各教室を全学生に対して遠隔授業用に利用可能とし、令和2年9月に学科ごとの交流会を設定し、同月には学内で健康診断を実施し、令和3年の春休みには上級生主催の「1年生のための交流会」も実施していました。
 なので原告学生が主張するような在学契約上の債務不履行はないはずです。

4 東京地方裁判所立川支部の判決

  大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること等を目的とするものであり、大学を設置運営する学校法人等は在学契約に基づき、大学が学生に対して、講義、実習及び実験等の教育活動を実施するという方法で、上記の目的にかなった教育役務を提供するとともに、これに必要な教育施設等を利用させる義務を負っていると解される。そして、学校教育法3条は、学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、文部科学大臣の定める設備、編制その他に関する基準に従い、設置しなければならないとしており、これを受けて大学の設置基準として制定された省令である大学設置基準は、25条1項において、「授業は、講義、演習、実験、実習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うものとする。」と規定している。その規定の文言によれば、授業は、主として教室における対面の授業である面接授業を想定しているということができる。
 しかしながら、面接授業の教育的効果が高いものであったとしても、授業の全部又は一部を面接授業で実施することが困難な場合にまで、必ず面接授業を実施しなければならないというものとは解されず、大学設置基準の所管庁である文部科学省高等教育局長も、令和2年3月24日付けの「令和2年度における大学等の授業の開始等について」において、学生の学修機会を確保するとともに、感染リスクを低減する観点から、いわゆる面接授業に代えて、遠隔授業を行うことが考えられるとし、緊急事態宣言後の同年4月17日付け「大学等における新型コロナウイルス感染症の拡大防止措置の実施に際して留意いただきたい事項等について」において、すべての業務を一律に休業とするのではなく、遠隔授業の活用を検討するよう求め、文部科学省高等教育局大学振興課は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、臨時休業が長期化するなど、本来授業計画において面接授業の実施を予定していた授業科目に係る授業の全部又は一部を面接授業により予定どおり実施することが困難と認められる場合には、特例的な措置として、面接授業に相当する教育効果を有すると大学において認められるものについては、大学設置基準第25条第1項で規定する授業の方法を弾力的に取り扱って差し支えなく、特例的な措置において面接授業以外の授業として認められる遠隔授業は、同条第2項の規定による遠隔授業ではないから、同令32条第5項の規定は適用されず、同規定の60単位の上限に算入する必要はないとして、60単位を超える遠隔授業の利用も可能とした。
 以上によれば、このような弾力的運用は、新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、大学・高等専門学校が休校となるのを避け、授業を実施することを可能とする合理的な選択肢であったと認めることができる。
 したがって、面接授業の教育的効果が高いものであったとしても、授業の全部又は一部を面接授業で実施することが困難な場合にまで、必ず面接授業を実施しなければならないというものとは解されず、原告学生がそのような場合においても、面接授業を実施する債務があると主張するのであれば、採用することができない。
 明星大学は、令和2年4月11日以降、図書館を臨時休館としたが、同年6月3日以降については、学部4年生及び大学院生に対し、図書館の利用を許可し、同年7月1日以降は、これらの者に加え、学部2年生及び学部3年生に対し、図書館の利用を許可し、同月8日以降は、さらに、原告学生のような学部1年生に対しても図書館の利用を許可した上、同年6月3日から同年7月7日まで、全ての学生を対象に、郵送による図書の貸出等を行うことができるようにし、その後、同年11月2日から令和3年3月23日までの間も、同じく全ての学生を対象に郵送による図書の貸出等を実施した。また、明星大学は、図書館を臨時休館にした同年4月11日以降において、図書館で利用可能なデータベースを学生が学外から利用することができるようにし、さらに、同年10月16日から、自宅に自由に使用することのできるパソコンがない学生や、自宅にインターネット環境がない、あるいは、通信速度制限等のため、オンライン授業の受講が著しく困難な学生のために、パソコン演習室の利用を許可し、その後、一部の教室を遠隔授業受講用教室として開放するなどしていた。
 以上によれば、明星大学が学生に対し、教育施設等を利用させていなかったとはいえないし、その他明星大学が学生に対して教育施設等の利用をさせる義務を怠ったと認めるに足りる的確な証拠もないから、明星大学が学生に対する在学契約に基づく債務の履行を怠ったといえない。
 よって、学生の請求を棄却する。

5 対面授業と遠隔授業

 今回のケースで裁判所は、新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、大学・高等専門学校が休校となるのを避けるために、オンラインなどを積極的に取り入れた授業運用は、合理的な選択肢であったと認めることができるとして、対面授業を求める学生の訴えを棄却しました。
 事前にトラブルを回避するためには、授業料を払う学生側が納得できるほど高品質の授業を提供できるかどうかが重要となるでしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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