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敷金と家屋明渡事件

こんにちは。

 賃貸していた建物から退去する際に、①経年劣化、②通常損耗については、月々支払っている家賃で修繕すべきと考えられているので、家主が負担すべきなのですが、6年で残存価値が1円になる壁紙について修繕費として15万円請求されている事例があると知って驚きましたね。

  さて今日は、敷金の返還と建物の明渡しが同時に行われるべきかどうかが争われた「敷金と家屋明渡事件」(最判昭和49年9月2日裁判所ウェブサイト)を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

 八谷守は、今澤一郎から店舗を借りる際に、敷金として105万円を差し入れました。その後、八谷氏は割烹料理店を営み、賃貸人の同意を得てその設備に234万円を支出しました。八谷氏は、建物を退去する際に造作買取請求権を行使しましたが、今澤氏はそれに応じず建物の明渡しを求めて提訴したため、八谷氏は敷金の返還がされるまでは建物の明渡しに応じる必要はないと主張して争いました。

2 今澤氏の主張

 たとえ、敷金の返還をしていなくても、賃貸借契約の期間が満了したのであれば建物から退去するのが当然なのではないか。また割烹店として使用するためだけの造作物は、買取請求権の対象とはならないので、賃借人は原状に回復して建物を明け渡すべきだ。

3 八谷氏の主張

 敷金は、賃貸借関係から発生するものなので、家主が敷金を返さずに、家屋の明渡しを求めるのはおかしい。実際に、世間の慣習として、建物の賃貸借が解除されたときには、家屋の明渡しと同時に敷金を返しているじゃないか。

4 最高裁判所の判決

 期間満了による家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務が同時履行の関係にあるか否かについてみるに、賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきである。そして、敷金契約は、このようにして賃貸人が賃借人に対して取得することのある債権を担保するために締結されるものであって、賃貸借契約に付随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。一般に家屋の賃貸借関係において、賃借人の保護が要請されるのは本来その利用関係についてであるが、当面の問題は賃貸借終了後の敷金関係に関することであるから、賃借人保護の要請を強調することは相当でなく、また、両債務間に同時履行の関係を肯定することは、家屋の明渡までに賃貸人が取得することのある一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合するとはいえないのである。このような観点からすると、賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがって、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解するのが相当であり、このことは、賃貸借の終了原因が解除による場合であっても異なるところはないと解すべきである。そして、このように賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立つと解すべき場合にあっては、賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもって家屋につき留置権を取得する余地はないというべきである。
 よって、八谷氏の上告を棄却する。

5 敷金返還と家屋明渡は同時履行の関係ではない

 今回のケースで裁判所は、家屋の賃貸借終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、特別の約定のない限り、同時履行の関係に立たないとしました。
 つまり、先に賃貸物件から退去して初めて敷金返還が可能となることから同時履行ではないされた点、また留置権も成立しないという点にも十分に注意する必要があるでしょうね。
 では、今日はこの辺でまた。


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