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アサミ美容外科事件

こんにちは。

 今日は、美容整形の手術を受けた後に後遺症が残ったことで裁判に発展した東京地判平成7年7月28日(判例時報1551号100頁)を紹介したいと思います。 

1 どんな事件だったのか

 20歳の女性は、腋の下の多汗症に悩んでいたところ、週刊誌の記事からアサミ美容外科のアサミ式吸引法という治療法が目に留まりました。病院を訪れた女性は、浅見医師から「手術では、1、2針縫うだけで傷は目立たない」、「手術によって完全に汗が出なくなり臭いがなくなるわけではない」と説明されました。女性は、38万円で腋の下の多汗症の手術と脱毛手術を受けました。しかし、術後に女性の両腋の下には大きな傷痕ができており、その後に傷痕を小さくするという注射を受けたものの、傷痕が消えませんでした。さらに女性の腋の下の多汗症はまったく改善されず、また、脱毛手術により、両腋の下に色素沈着も生じていました。そのため女性は、脱毛手術を行うに当たり、脱毛痕に色素沈着を残さないように手術をすべき注意義務があったのにこれを怠ったこと、また、手術に対する同意を得るに当たり色素沈着が生じる可能性があることを説明すべき義務があったのに、その説明をしなかったことを理由に、浅見医師に対して約725万円の損害賠償を求めて提訴しました。

2 東京地方裁判所の判決

 美容外科医である浅見医師は、本件手術当時、腋臭、多汗症の手術に自ら命名した「アサミ式吸引法」という手術方法を用いていた。この方法は、脂肪吸引用のカニューレ(吸引管)の形状に工夫を加えた独自のカニューレを使用し、腋の下の腋毛の生えている縁辺りに数ミリメートルの切開を加えて、カニューレを挿入し、カニューレを前後に動かして、腋臭(えきしゅう)、多汗の原因となるアポクリン腺や多汗の原因となるエクリン腺の一部を掻爬(そうは)、吸引していく手術方法である。
 この手術方法は、他の美容外科医師が行っていた掻爬(そうは)、吸引式の腋臭(えきしゅう)手術法を基礎としつつ、カニューレの形状に浅見医師独自の工夫を加えたものであり、浅見医師は、本件手術当時までにこの手術方法で数多くの手術を行っていた。
 腋臭、多汗症の手術方法としては、剪除法(せんじょほう)、切除法、掻爬法、吸引法などがあり、アポクリン腺やエクリン腺の除去の効果を高くしつつ、切除創(せつじょそう)を小さくするための工夫がされているが、それぞれ一長一短がある。アサミ式吸引法は、切除創をできる限り小さくするとの点に重点を置く方法であり、アポクリン腺の除去には効果があるが、エクリン腺の除去については十分な効果は得られない。
 浅見医師は、腋臭(えきしゅう)、多汗症の治療法としてアサミ式吸引法が優れていることを解いた著書を執筆し、数多くの女性週刊誌にこれらの著書の宣伝という形式で、浅見医師の治療法やアサミ医院の紹介記事を掲載していた。
 このような紹介記事は、アサミ式吸引法によれば、傷痕を残すことなく腋臭や多汗症を簡単に完治させることができる旨の内容となっていた。
 女性は、当時20歳であったが、日ごろから多汗症で悩んでいたところ、女性週刊誌の宣伝記事から浅見医師の治療法を知り、傷痕が残らず入院が不要であるとの記事の記載から浅見医師の手術を受けることを考えて、アサミ医院を訪れた。
 平成4年4月3日、女性はアサミ医院を訪れ、浅見医師に対し、多汗症に悩んでいるので手術を受けたいと申し出た。これに対し、浅見医師は、腋臭や汗の原因について説明し、さらにアサミ式吸引法について、従来行われていた腋臭の手術方法ならば大きな傷痕が残るが、アサミ式吸引法だと一、二針縫うだけで傷は目立たないことを、カニューレの図などを書きながら説明した。一方で、浅見医師は、手術によって完全に汗が出なくなり、臭いがなくなったりするわけではないことを説明し、また、一週間後に抜糸に来ることなどの術後の注意事項の説明もした。
 女性は、浅見医師の説明を聞いた上で多汗症の手術を受けることにし、併せて両腋の下の脱毛手術も受けることにした。
 平成4年4月3日、女性は前項の診察後、浅見医師により、両腋の下についてアサミ式吸引法による多汗症の手術を受け、同時に脱毛手術の一部も受けた。多汗症手術の切開創は縫合され、ガーゼとパッドを当てた上にテープを貼って固定された。
 同月10日、女性は、抜糸のためにアサミ医院を訪れ、その際、切開部付近に女性の予想よりも大きい瘢痕が生じていることを知ったが、そのうち目立たなくなるだろうと考えて、浅見医師に苦情を言うことなくそのままにし、同年5月29日と同年7月24日、アサミ医院においてさらに両脇の下の脱毛手術を受けた。
 しかし、瘢痕(はんこん)が一向に小さくならず、また多汗症も軽減しないように感じたので、女性は、同年9月8日、アサミ医院を訪れ、浅見医師から瘢痕を小さくするために、瘢痕部にステロイド剤の注射を受け、以後三回にわたりステロイド剤の注射を受けて様子を観察したが、瘢痕は小さくならなかった。
 現在、女性の右腋の下には大きな瘢痕が残存しており、この瘢痕は付近の皮膚とは色も異なり、一見して目立つ状態にある。左腋の下の瘢痕は右腋の下に比べれば比較的小さいものの、近寄って見れば明らかに存在を認識することができる状態にある。
 多汗については、本件手術によりアポクリン腺やエクリン腺の各一部が除去されたことから、幾分軽減した可能性はあるが、女性が術前に期待したほどの汗の減少には至っていない。
 脱毛については、2回の手術でほぼ脱毛は終わり、あと一度手術をすれば完了という状態になったが、女性は、浅見医師に対する不信感からその手術を受けなかった。脱毛手術による色素沈着は、現在ではほとんど目立たない。
 女性は、そもそもアサミ式吸引法の医学的効能は明らかではなく、この方法で手術をすべきではなかった旨主張するが、腋臭や多汗症の手術方法にはさまざまなものがあって、それぞれ一長一短があり、アサミ式吸引法は、エクリン腺除去の効果は劣るものの、症状の改善に対して一定の効果があるのであるから、手術方法として不適切とまではいえないので、この主張には理由がない。
 女性は、自身を入院させて手術部位を圧迫固定すべきであった旨主張するが、浅見医師においても手術部位の固定は行っており、浅見医師への本人尋問の結果によれば、大部分の患者はこれで瘢痕を残すことなく治癒(ちゆ)していることが認められるのであって、女性に残存した瘢痕が術後の固定不足によるものであるとは証拠によっても認めることができないから、浅見医師には女性主張のような固定方法を取るべき義務があるとはいえず、女性の主張には理由がない。
 脱毛手術による色素沈着は現在ではほとんど目立たないのであるから、女性にはこの点について損害が生じているとはいえず、この点について浅見医師の責任を論ずる余地はない。
 一般に、手術のような治療行為は患者の身体に対する侵襲行為であるから、手術の施行に当たっては患者の承諾が必要であるところ、腋臭や多汗症の手術は、その処置を直ちに行うべき緊急性や必要性に乏しく、元来健康体ではあるが、体質的に腋汁が特有の悪臭を放ったり、多汗であることを気に病む患者の、この状態を改善したいとの希望を満足させる手術なのであるから、腋臭や多汗症の手術に当たる医師には、その手術の方法やどの程度患者の状態が改善されるかについて説明するほか、手術の危険性や副作用が生じる可能性についても十分に説明し、患者においてこれらの判断材料を十分に吟味検討した上で、手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務がある。
 とりわけ、患者が若い女性の場合、症状の完治ないしは改善を期待して手術を受けること自体は希望しても、いざ手術を受けるかどうかを決断するに当たっては、手術後に傷痕が残存するかどうか、残存するとすればどの程度のものになるかが最大の関心事であることは明らかであるから、この点を十分に説明しなければならない。浅見医師はアサミ式吸引法に関する著書の宣伝を多数の女性週刊誌に掲載し、その記事において、傷痕を残すことなく腋臭や多汗症を完治させることができるとの極めて楽観的な記述をしているのであるから、浅見医師は、その記事を読み、これを信じてアサミ医院を訪れる患者が多いことも当然知っていたはずである。したがって、浅見医師は、女性に対し、宣伝記事には載っていない治療効果の限界や危険性について、患者の誤解や過度の期待を解消するような十分な説明を行うべきである。
 ところが、浅見医師は女性に対し、一、二針縫うだけで傷痕は目立たないと説明したにとどまり、女性のように一見して目立つような大きな瘢痕が残存する可能性があることは説明しておらず、女性への本人尋問の結果によれば、浅見医師がそのような説明を行ったならば女性が本件手術を受けなかったことは明らかであるから、浅見医師には、女性が本件手術を受けることを決定するについて必要な判断材料を与えなかったという説明義務違反があったというべきである。
 浅見医師は、その本人尋問において、女性に対して少数であるが体質によって瘢痕が残る場合がある旨の説明もしたと供述しているが、浅見医師は、女性に対する本件手術の後に、初めて、腋臭手術の前に患者に交付する定型の注意書を作成し、その中に体質によって瘢痕が残る可能性があることを記載するに至っていることが認められるのであるから、女性に対する手術の当時そのような説明を行ったというには疑問があり、女性本人尋問の結果に照らしても、浅見医師のこの点の供述は採用できない。
 したがって、手術の決定において浅見医師の説明義務違反が認められる以上、浅見医師が行った多汗症の手術は女性に対する不法行為に該当するというべきであり、浅見医師には、手術によって女性に生じた損害について賠償する責任がある。
 女性がアサミ医院に対して初診料、抜糸処置料として1万300円を支払ったことが認められる。女性が東総信(とうそうしん)に対してショッピングローン契約に基づき16万8720円を支払ったことは当事者間に争いがないが、他方、脱毛手術についてはほぼ終わっており、その費用は10万円であることが認められるので、多汗症手術のために女性が東総信に支払った額は6万8720円と認められる。
 また、女性は、本件手術の後、平成5年2月ころまでに、北里大学病院をはじめとする七か所の病院、美容外科医院を訪れて瘢痕の治癒可能性、再手術の必要性について診察を受け、合計2万7690円を支払ったこと、女性はアサミ医院その他の病院、医院への通院のため、交通費として合計1万7660円を支出したことが認められる。
 本件手術後、瘢痕の治癒可能性、再手術の必要性について診断を受けるために女性がいくつかの病院に通った心境を考慮すると、通院慰謝料として10万円を認めるのが相当である。
 女性の両腋の下の瘢痕は残存しているところ、浅見医師は、この瘢痕はステロイド剤の 塗布や注射により目立たなくなる旨主張するが、ステロイド剤の注射も効果は上がらず、手術後数年を経過した後も前記のような状態で残存しているのであるから、今後も経年によって目立たなくなる可能性を待つ以外に方法はないものと考えられる。
 女性は、傷痕を残さずに多汗症を治療できると期待していたが、その期待を裏切られ、多汗症が明らかに改善されたわけでもない上、未婚の若い女性が夏期などに露出する機会もある部分に瘢痕を残したことで精神的損害を被ったものと認められるから、これに対する慰謝料として50万円を認めるのが相当である。
 本件事案の内容等を考慮すると、浅見医師の不法行為と相当因果関係のある損害として浅見医師に負担させる弁護士費用の額は、10万円が相当である。
 よって、浅見医師は、女性に対して、約82万円を支払え。

3 医師の説明義務

 今回のケースで裁判所は、美容整形手術を受けるに際して、1、2針縫うだけで傷跡は目立たないと説明していたにとどまり、術後に大きな瘢痕が残る可能性を説明していなかったことから、説明義務違反を理由に医師に損害賠償責任があるとしました。
 美容整形手術においても、一般の医療行為と同じように、手術の方法や内容、効果について十分な説明をすることが求められています。また、美容整形には、通常の医療行為とは異なり、手術の必要性と緊急性がないこともあるため、患者の意思決定を尊重するためにも、開示する情報が広くなる傾向がありますので、注意が必要でしょうね。
 では、今日はこの辺で、また。


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