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世田谷美術館「北川民次展 メキシコから日本へ」/ 私に問いかけたもの

世田谷美術館で開催中の「北川民次展 メキシコから日本へ」へ行ってきました。生誕130年である画家の北川民次(1894−1989)の今回の回顧展は、実に30年ぶりなのだそう。そんな貴重な機会が幸運にも我が家から自転車圏内の場所で開催です。

会場に入るとすぐ、「メキシコの男」というインパクトのある作品らがお出迎え

人混みが苦手な私は、敢えて小雨が降る平日の午前中を選びました。会場に入ると、早速メキシコを感じさせる、素朴なタッチの中に人びとのエネルギーを感じさせる力強い作品達がお出迎え。洗練されたモダンな空間とのコントラストが素敵です。

タイトルにもあるように、北川民次と言えばメキシコとご縁が深いアーティストとして知られていますが、戦時中に疎開をしてから晩年まで過ごした愛知県瀬戸市で制作された作品も多く展示されていました。と言うか、瀬戸市で彼のことを知らない人はいないと言われるぐらい、地元を愛し、愛された画家であることを実は今回初めて知りました。愛知県内の美術館やギャラリー等に彼の作品が数多く貯蔵されているそうです。

メキシコの壁画の影響?かなり大きなサイズの油絵が多かったのも印象的

展示全体は下記のテーマごとに分かれていました。

①民衆へのまなざし
②壁画と社会
③幻想と象徴
④都市と機械文明
⑤美術教育と絵本の仕事

メキシコであれ瀬戸であれ、どこにいても市民や労働者に寄り添う作品が多い印象を受けます。社会に対する批判的なテーマを取り上げた作品も少なく無いのですが、どれも人を愛する故の、優しさに溢れているような気がします。作品の中に、時折見せる「抜け感」みたいなものも、何ともメキシコらしくて目尻が下がります。

本人はきっと大真面目に描いているのだと思うのですが、洒落っ気というか、茶目っ気というか、愛くるしさというか。この抜け感は、メキシコの手工芸品等にもよく見られるのですが、人と人との距離を縮め、ネガティブな空気を退けるのに一役買っているのかもしれません。これは狙ってできるものではないメキシコらしい独特の感性、魅力では無いかと思うのです。会場にこれだけのメッセージ性の強い作品が集められても、決して重たい雰囲気にならないのですから。

良くも悪くも本来の社会の姿を伝えているような作品たち

さて、職業柄というか私の個人的な興味というか、ついメキシコ時代の作品や物語に関心が向きがちです。民次氏が20年近く過ごしたという1920年〜30年代のメキシコは、まさに最後の革命時代とも呼ばれ、国を挙げて多民族国家形成に向けたナショナリズムが追求された激動の時代。当時、著しく識字率が低かったメキシコでは、文字以外のもので発信するプロパガンダに、政府自身が力を入れ、芸術家達の活躍が目立つユニークな時代でもありました。

以前、このnoteでも触れた、映画「メキシコ万歳」のエイゼンシュタイン監督のように、外国人アーティスト達がメキシコに集まってきたのもこの頃です。その1人でもある、イタリア人女性写真家Tina Modottiが撮影したメキシコシティの壁画の写真も紹介されていました。

民次氏は、運動の中心人物でもあったRiveraSiqueirosOrozcoらをはじめとした著名な壁画家達とも親交があり、彼らからの影響は大きかったのではないかと思います。

当時の壁画運動そのものには参加していなかったようですが、二度目のメキシコ訪問から帰国後、彼は幾つかの壁画の大作に取り組んでいます。特に、気になったのが瀬戸市立図書館のモザイクで作られた壁画。画像を見た瞬間に、UNAM(メキシコ自治大学)のSiqueirosの壁画を思い出したのです。これは一度、瀬戸まで実物を見に行ってみたいものです。

壁画の原画などもありました

また、アーティスト達が中心となった運動の中で、同じものを複数製作出来るという理由から、「版画」が思想をアピールするためのメディアとして使用されていたそうです。民治氏が版画の技術を身につけたのもこの頃だとか。政府発行のカレンダー等に彼の作品が掲載されるなど、当時の貴重な資料も残されていました。

その後も版画による作品も多く手がけていったようで、瀬戸の街の様子や、陶器の工房で働く人たちの姿なども観ることが出来ました。

字を書くメキシコの女性:今回の展示で一番の私のお気に入りです

個人的には油絵以上に、この黒一色で剃られた版画作品にとても惹かれました。特に、彼が描く先住民族の女性の姿は、制作から100年近く経った今でも、私がこの目で見てきたメキシコの姿そのままのような気がして、胸を打つものがあります。これまで、本やネットでこのような作品は幾つか目にしてきたはずですが、音楽等でもそうですけれど、やはり本物からしか伝わらない感動がありました。

民次氏が指導してきた子ども達の作品 色の使い方が素敵

子ども達への美術教育にも力を入れていた民次氏は、日本に帰国後も同じような活動を試みたそうです。子供達と同じ目線に立ち、自分自身も彼らから学ぼうという姿勢は、なかなか誰にでも出来ることではありません。

ですが、生徒達に「僕を北川くんと呼びたまえ。」と言っていただなんて、お茶目な民次さんを想像して、吹き出してしまいました。結局、型にハマった行動しか取れない日本の子供達にかなりショックを受け、彼が理想とする活動は続かなかったようではあります。

戦時中に描かれた絵本うさぎの耳はなぜながいの原画 実際の絵本より味わい深さがあリます

そんな彼の活動に感銘を受けて、自らもメキシコへ渡った一人の日本人女性画家がいます。メキシコの先住民族の人との出会いを私にくれた恩師でもある方で、もし彼女が今生きてらしたら、どれだけこの展覧会をお喜びになり、夢中になったことでしょう。砧公園の片隅でスケッチをしている彼女の姿を想像してしまいました。

バッタを自分のシンボルとして、あちこちにバッタを描いています

北川民次から彼女へ。
そして、その彼女から私が受け取ったものは、一体何だったのだろう?

思いの外、自分自身の振り返りをすることとなり、様々な思いが込み上げた特別な展覧会となりました。まだまだ色々思うところはあるのですが、長くなりそうなので、今日はこの辺りで、(もしかしたら)続く。既に長い💦


実は、ここまで書いた直後、私はもう一度この展覧会に足を運んでいます。担当学芸員の塚田美紀さんのレクチャー「北川民次の歩んだ世界」を聴きたかったからです。長年北川民次の研究を重ねてきた美紀さんのレクチャーはそれはそれは民次愛に溢れて素晴らしく、レクチャー後に改めて鑑賞した展示は、違う角度からより楽しむことが出来ました。

二度の鑑賞とレクチャーを終え、書き留めておきたいことは更に膨れ上がっていますが、今すぐに文章にする自信がないので、展覧会が終わってしまう前にと、中途半端ではありますが、取り急ぎここまでをアップします。

アートというのは、一人一人受け取るものも感じるものも当然違いますが、この展覧会を通じて、ほんの少しでもメキシコと北川民次という人を知ってもらえたら嬉しいです。


「生誕130年記念 北川民次展―メキシコから日本へ」

会期:2024年9月21日(土)〜11月17日(日)
会場:世田谷美術館 1階展示室(東京都世田谷区砧公園1-2)
時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
休館日:月曜 

世田谷美術館のある砧公園は、お散歩などを楽しむのにもとても良い季節。展示期間中、館内カフェやレストランでも特別メキシカンメニューが用意されていたり、ミュージアムショップには、LABRAVAさんのメキシコの貴重な手仕事の展示もあり盛り沢山。芸術の秋、食欲の秋、是非お楽しみください。

※北川民次の世界が広がる、ワークショップやレクチャー等もまだまだ続くので、上のチラシや、世田谷美術館のサイトの方でもチェックしてみてください。

こちらの「2分でわかる北川民治の歩み」の動画も、会場全体の様子がよくわかりおススメです。

館内のカフェのメキシカンスナックでひと休み 次は館内レストランのメキシコ料理も試してみたい

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