万引き

日曜日の昼下がりのコンビニ。

いつも私はこのコンビニで、平日高校へ行く前の朝5時45分〜7時45分までの2時間勤務している。でも今日はどうしても他のスタッフの都合がつかなかったようで、急遽私がシフトに入ることになった。それにしても、日曜日のコンビニは暇だ。平日の朝とは全然違う。

あまりに暇だったので、今日一緒に勤務しているこのコンビニのオーナーは、先程家に忘れ物を取りに帰ってしまった。15分くらいで戻ってくるらしい。

一人の小学生が店に入ってきた。高学年ではなさそうだが、かなり乾燥しているのか、足がやけに白かった。この少年と一瞬目が合った気がした。少しどこか怯えているような気がした。が、いや、そんなわけない。私如きに怯えるわけない。

彼はそれから店の中をゆっくり1周した。私は横顔でこの少年の視線をずっと感じているような気がしていた。

少年はパンの棚に近づいた。私が少ししゃがみそうな素振りをした瞬間、少年はカレーパンを手にとり上着に隠して走り出した。

私は少年の上着の肩の辺りをやっとのところで掴んだ。それでも少年は上着を脱ぎ捨てて逃げようとする。そんな少年の肩を、もう片方の腕で抱いてみた。そして

「大丈夫?」

と声をかけた。なぜかはわからないけど、咄嗟に言っていた。でもきっとそれは、この少年の目が澄んでいたからだと思う。

少年は逃げるのをやめて、カレーパンを私に返した。そしてすぐ逃げ出そうとした。

私はさらにその少年の手首を強く握った。少年は顔を上げて、絶望的な表情をした。それでも構わず言った。

「大丈夫だから、上着抜いで。1分くらい貸して。早く。」

私は少年にそう言って半ば強引に上着を脱がした。私には時間がなかった。オーナーが帰ってくるまでにあと5〜6分しか無かった。

呆然とする少年を店の入り口近くに残し、私は少年の上着を持ってコンビニの事務所へ走った。



2年前

中学生だった私は、中々学校に馴染めず、しばしば学校を抜け出して図書館へ行っていた。1学年300人くらい生徒がいると、1人くらい減っても気づかれなかった。

いつものように学校を抜け出そうと、一人校門の方へ向かうと、一台のタクシーが停まっていた。横には山田くん(中3)と、私と同級生の山田さん(中2)の兄妹、そして2年4組の山田さんの担任、そして見知らぬ50代くらいの女性もいる。山田くんと山田さんはそれぞれボストンバッグを肩から下げていた。

先生はこの女性にお辞儀をした。そして、山田兄妹はこの女性とともにタクシーに乗り込み、行ってしまった。

気がつくと、私の10メートルくらい後ろに野次馬が何人かいた。

「山田の親、母ちゃんもいなくなったらしいよ。施設行ったね。」誰かが言った。

「あいつら万引きしまくってたから、いよいよヤバくなったんじゃね?」他の誰かが言った。

「ハハハ。」5~6人が一斉に笑った。


その日の夜、私は、栗畑の落ち葉をトラックに積み、竹林に敷き詰める手伝いをしていた。私の家は兼業農家で、お父さんはサラリーマンだが、春は筍、秋は栗を出荷する農家だった。我が家では、年が明けると、毎年10日くらい毎日トラックで落ち葉を何往復もして運ぶ。竹林に落ち葉を敷き詰めることで、竹林の根元の温度を温める。温めることで筍の収穫が早まる。通常より1ヶ月くらい早く、市場価値が高い時に出荷出来るそうだ。私の祖父が始めたようだ。

この落ち葉の運搬はあまり大変な仕事じゃない。20時くらいには切り上げられる。人間が何時までと決められる。

一方、栗の出荷の時は大変だ。毎日400kg以上の栗が落ちる。自然は待ってくれない。学校が終わったら家族みんなで手分けして拾いに行く。残暑が厳しいのも相まって、栗を拾うだけでもとても大変だが、持ち帰った栗を納屋で選別し、大きさごとに1Kgずつネットに詰め、市場まで持っていくまでがそれが意外と手がかかる。市場から帰るのは毎日深夜2時半ごろになっていた。この1ヶ月少々は、毎年本当に辛かった。それに比べれば、落ち葉の運搬は、かなり楽な仕事だった。

落ち葉の運搬のような単純作業の時は、考え事をすると止めどない。

作業をしながら、山田さんの事を思い出した。山田さんとは1年の時に同じクラスだった。物静かで、全然悪い人じゃなかった。むしろ優しそうだった。山田さんには小学生の妹や弟もいたような気がした。きっと小学生の妹弟も施設へ行ったのだろう。

私には、親が入院中だったりする場合も、お金がどんなに無くても、自分の家の畑に行けば、何かしら食べられるものはあった。最悪起こりうるのは、おばちゃんから嫌味を言われることくらいだ。何て事はない。

ただ、山田さんは違う。山田さん家には畑もない。頼れる人もそばに居ない。

万引きしなきゃならないか、万引きせずに済むか、その違いは、運だ。それだけだ。境遇の多少の違い。それはその人の人間性とは関係ない。そう思った。



私はコンビニの事務所に入り、先程廃棄処理したばかりのおにぎりを4個、少年の上着に包んだ。そして入り口近くに立っている少年に渡した。

「おにぎり入ってるから、早めに食べて。」

少年は驚いていた。

「お母さんかお父さん、帰ってきてる?」

「まあ。」少年の答えがどちらなのか分からないような、そんな答え方だった。

「もし帰ってこなくなったら、学校の先生に言ってみて。私ね、前に、お母さんがいなくなった子たちが、学校の先生に助けられているのを見たことがある。絶対助けてもらえるから、助けてって言ってみて。」

「うん。」

そう言うと、少年は店を出て行った。窓越しに、小さく手を振る少年が見えた。

視線を移すと、少年を横目に入り口に近づいてくるオーナーが見えた。私は事務所へ走った。廃棄したものを、店の後ろの鍵の付いたゴミ箱に持って行き、少年におにぎりを渡した証拠を隠滅しなければと思った。

無事証拠を隠滅できたと少し安心しながら店内に戻った。でも気がついてしまった。防犯カメラがある。この10分くらいに何があったか、私が何をしたのか、きっと映っているだろう。私はオーナーに何と言われるか、クビになるのか心配になった。


次の金曜日の朝、今週の出勤も今日が最後。

でもオーナーは何も言ってこない。カメラの映像、何も見なかったのだろうか。


私は退勤のタイムカードを押すと、学校の始業時間に遅れないように素早く着替え、オーナーに挨拶しようと急いで事務所のドアを開けた。

「お先失礼します。」早口で言いながら頭を下げた。

「お疲れ様。」オーナーが言った。

私はそれを聞くや否や自転車に向かって走りだした。

「それから、もしもの時でも、おにぎり1個くらいまでにしてね。」

と背中の方からオーナーの声が聞こえた。私はギョッとして振り返った。するとオーナーは少しうなずいた。

見逃してくれて許してくれたオーナーの優しさに、嬉しくなった。

そして、私も軽くうなずいて、自転車へまた走りだした。

走りながら、来週からもっとお仕事を頑張ろうと思った。


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