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あれ、泣いちゃってる私。伯山先生のラジオを聴きながら。

 TBSラジオ金曜日9:30~10:00オンエアの「問わず語りの神田伯山」は、毎週必ず聴いている番組。毒舌が過ぎて、アンチもたくさん存在する講談師の神田伯山先生に対して私は、
「悪い人のふりして実は良い人」
 と見立てている。
 それは、幼い頃の思い出話をする時、自分がしてもらった温かいエピソードをきちんと覚えていて、そういう記憶の仕方ができる人は物事を良い面から見ることができると思うから。
 たとえば小学校高学年の時にお父さんが亡くなってしまうのだけれど、葬儀などがすべて終わって久々に学校に行くと、先生や友達が前とまったく変わらない態度で接してくれて、それがとてもありがたかった、と。こんなふうに思える人だからこそ、講談師になって人生の機微、喜怒哀楽を熱弁出来るんだな、といつも思っている。

 と言いつつ、色々な人の面白エピソードに毒舌をまぶしてくるので時々、
「大丈夫?」
 と心配になってしまう。
 でも伯山先生のお陰で寄席の楽しさや、たくさんの師匠たちのキャラクターを知ることができて、とても感謝してる。

 3月15日の回は、前半は久々再会した花田優一氏の話。靴職人10周年パーティのために、ご本人がお祝いコメントを撮りに出番のあった浅草演芸ホールに来た、と始まって・・・。
 厳密には休んでた期間もあったから10周年じゃないんじゃない? とか、前に買ったあの40万円の靴、履きにくいとか色々言いつつ、でも頑張っている優一氏にエールを送る。
 ここまでは、まぁいつもの調子で。

 すごかったのは後半部分。浅草演芸ホールの寄席にて起こった話。
 その話とは・・・。
 トリを取っていた92歳の三遊亭圓輔師匠が、お年のせいもあって高座の途中で絶句しちゃったらしい。伯山先生は、自分の出番終了後寄席を後にしたので、実際にはその様子は見ていないと言うのに、まるで講談よろしく語る、語る。
 いつしか、その口調に引き込まれて、やっていた家事の手を止める私。絶句の後は、同じくだりを何回も繰り返したりしてそうとうの時間が経っていて、誰が止めるか、この後どうするか、みたいな話し合いがあったり、とその場面は、ちょっとサスペンス風味。
 いったいどうなるんだろう? と思いつつ聴いていた。結局、ある師匠があたかも自分が悪いかのように高座に出て行って、
「師匠、すみません、お時間です」
 と止めに行った。それも、すごくかっこよかったらしい。その後の前座さんたちが声を揃えて、
「ありがとうございました~」
 と追い出しと呼ばれる声かけも、いつにも増して大きな声だったとか、色々と細かい描写もまぶされていて。そして圓輔師匠が去り際、前座さんたちに、
「皆、面倒かけたね。明日もよろしくね」
 と声をかけて土砂降りの雨の夜、楽屋を後にしたって。
 このあたりで、私は泣いていた。定年のない噺家の世界、こういうことは起こりうる。若い前座さんも、いつか自分が行く道、と勉強になっただろう。師匠を傷つけないように、でもお客さんのことも考えたら誰が止めにはいるか、と葛藤する楽屋風景など、とにかく細かい描写が本当に見て来たように語られるので、引きこまれた。
 
 そして翌日は、この話を聞いて心配になった伯山先生は、圓輔師匠が上がる最後まで残って聴いていた、と言う。その高座は素晴らしかった。けれども、よく考えれば前日のできごとと微妙に繋がっているのでは? と見事に丸く収めてくれて、講談を一つ聴いたような気分に。

 こういうところが、伯山先生はすごいな~と思う。
「これ・・・『生命』につぐ傑作では?」
 と思った私。「生命」と言うのは、パートナーが出産直後に具合が悪くなって倒れ、生後間もない赤ちゃんを抱きながら救急車を呼び、その間に頼んでおいたデリバリーの寿司屋が来ちゃったんで、
「今緊急事態」
 とかなんとかやり取りをする模様まで詳しく話し、息をもつかせぬ臨場感で入院までの詳細を語った回のこと。
「ということで、先程病院から駆けつけてここにいる!」
 みたいな感じで、収録直前までばたばたしていたその感じも、伝わってきて私は、「作品」として何度も聴いている。
 それくらいクオリティの高い回だった。

  伯山襲名前の松之丞時代、2018年9月16日オンエアだけれど、日本民間放送連盟賞の優秀賞を受賞している。特番でも何でもなく、普段の番組なのにここまで評価されるというのは、どれだけすごかったかと言う証、ね。
 しかしながら、こちらの回はそのスピード感、起承転結、デリバリーの寿司屋の男、伯山先生の実母など登場人物の妙で聴かせる感じで、泣くというベクトルには行かないのだ。
 圓輔師匠の回は、若い前座と92歳の圓輔師匠の対比による人生の重み、はかなさが表現されていて、若くない年代に突入している人には
身に染みる状況で、そういうのが涙を誘うのだと思う。
 そして、
「皆、面倒かけたね。明日もよろしくね」
 と圓輔師匠の言葉を引用する伯山先生の声がほんの少し涙声になっているのも、師匠へのリスペクトが伝わって来るので、なおさらに涙腺がゆるんでしまう、というのもある。ここでは、いつもの毒舌は一切出てこない。

 ともあれ、SNSでも大評判で「何回も聴いてその度に泣いてしまう」と書いている人や、やはり「『生命』以来の神回!」と言っている人が大勢いるので、皆様の心に多く響いているのだと思う。
 
 やっぱり、すごい。伯山先生。

 独演会のチケットも取りにくいし、寄席のトリを取るとなれば整理券や前売り券が出てしまうし、最近全然ナマの伯山先生を見ていないけれど、ラジオだけは必ず聴くようにしている。最初は、こんなこと言って大丈夫? と恐れおののくほどの悪口、毒舌も真打ちになった頃から節度をわきまえるようになり、たとえ毒を吐いても、
「冗談ですよ」
 とフォローを入れる思いやりも出てきて、前ほど驚かないようになった。というか私が慣れてしまっただけなのかもしれないけれど。
 その切れのある語り口で私を知らない場所へと誘ってくれる伯山先生は、私の大切な人。なにしろ、私が落語にハマったのは伯山先生が出てる寄席に行ったからなわけで。
 
 来週のオンエアも、もちろん楽しみにしている。

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