見出し画像

小話『オーナーの秘密』


「じゃぁ、私はこれで」

オーナーのジェイドが店の書類をビジネスバッグに仕舞い込むと、そそくさと立ち上がった。長身の彼がジャケットのボタンを留めている姿は優雅にも見えるが、指先にどこか焦りを感じるのは気のせいかと、アントニーは思った。

「では」
「お疲れ様です。また明日」
「お気をつけて」

アントニーとサラはジェイドの後ろ姿を見送った。その背中は何処か喜びに満ちているようにも見える。

「ねぇねぇ、店長。オーナーって、独身なの?」

彼の物言わぬ背からサラも何かを感じたのか、レジ金を集金袋に仕舞いながら唐突にそんな事を言い始めた。

「さぁ。プライベートについて聞いたことがない。何せ、あの無口だから会話が続かないし」
「そうよねー。でも、いつもスーツとかキチッとシワがないし、ハンカチとかも取り出すときにふんわりと柔軟剤の香りがするのよね。意外に女子が好きなお菓子の話題とかも黙って聞いてるし」

流石、客商売。サラは人をよく見ている、とアントニーは感心する。いつも、来店したお客に合う商品を必ず紹介するのがサラだった。彼女の洞察力の高さは人一倍だ。

「と言うことは、ついに女を囲ったか」
「え、ついに? 店長、オーナーと親しいの? 」
「いやいや、全然親しくないね。ただ、オーナーが持ってるスタバのタンブラーには何故かコーヒーではなくハーブティーが入っているのが気になってる感じかな」
「何でそんなの知ってるの?」
「一度砂糖とミルクを勧めたら、中身はハーブティーだから要らないと言われたことがある」
「あのオーナーがハーブティーを沸かして飲んでるわけ? 信じられないわ」

確かにジェイドはそんな柄じゃない。任務を器用にこなすくせに家事はからっきしダメで、かつては食事や飲み物なんかは買って済ましていたのだ。アントニーとジェイドはそれほど凄く親しいと言うわけではなかったが、この惑星に特殊任務で降り立った時からの顔見知りで、一応は性格を知っている。考えてみれば、久しぶりに再会したジェイドは以前より柔和な空気を漂わせていたように思う。

「一度、決算の時に私がコンビニのお弁当を三つ買ってきて、ここで三人で作業したことあったでしょ? その時、一瞬困惑したような表情をしてから何処かにメールか何かしてたもの」
「そうだった? よく見てるね」
「えぇ。でも、やっぱり誰かと住んでるわよね」
「うん、そう思う」

アントニーとサラは、先程までジェイドが座っていたソファに視線を向けた。



*****

「ただいま」

ジェイドは紙袋を平行に持てるよう注意を払いながら玄関ドアを開けた。すると、バットマンさながらのバサバサという大きな羽音立てて光沢のある茶色い鷹がジェイドに向かってすーっと飛んできた。

「遅い!」
「すまない、店舗とオフィスを往復していたから」
「我々はずっと待っていたんだ!」
「あ、おかえりー」

しゃべる鷹がジェイドの肩に降り立った頃、のほほんとした顔立ちの少し小柄な女性がスリッパの音とともに小走りでやって来た。その姿を見て、ジェイドはホッとする。今日は元気そうだと。

「季節限定のスタバのフラペチーノを買ってきた、三つ」
「あら、ちょうどクッキーを焼いたところだから嬉しい! ねぇ、パット」
「グッドタイミングだ」

鷹が羽を大きく広げた。どうやら、喜んでいるらしい。

「それにしても、この兄妹は甘党だなぁ。eveはお菓子ばかり食べてる」「ご飯も食べてます!」
「俺まですっかり甘党になってしまった」
「そうねパットは最近、ドーナツばかり食べてるものね」

うふふと笑うeveは、実はジェイドのたった一人の妹だ。そして、パットは"あちらから"連れてきた任務遂行中の仲間だったりする。ちょっとした”複雑な事情”があるので、こうしてこのマンションの一室にひっそりと暮らしていた。

「さて、着替えてこよう」
「あ、開けないとは思うけど、私の部屋には入らないでね」
「何故?」
「モヘアをカットしていたら、部屋中に毛が飛んじゃって、お兄ちゃんのカッコいいスーツにくっ付いたら大変」

eveはショップTRAVISにぬいぐるみを置いているぬいぐるみ作家だったりする。彼女のぬいぐるみには幸福の欠片が縫い込まれているから、そのぬいぐるみを手に入れた人は必ず幸せになれる。ジェイドがぬいぐるみ雑貨のお店を始めようと思ったのは、自分に着いてきて見知らぬ土地で暮らす病弱な妹のためだ。身内贔屓をしている訳ではないが、妹の作るぬいぐるみは表情が面白くてとても良いと思っていて、是非とも彼女に社会との接点を作ってやりたいとおもったのだ。

「お菓子用意するから早めにねー」
「呼ばなくていい、俺が全部食べてやる」
「ダメよパット、食べ物は平等に!」

スタバの袋を受け取りそそくさとリビングに退散するeveと、今度は彼女の肩に止まってリビングに移動していくパットを眺めながら、ジェイドは思わず目を細めた。家族といる空間はジェイドが気を抜くことのできる大切なひと時だ。


《終》




この度はサポートして頂き、誠にありがとうございます。 皆様からの温かいサポートを胸に、心に残る作品の数々を生み出すことができたらと思っています。