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「このバス最悪の極」アフリカ大陸縦断の旅〜ザンビア編②〜

 2018年9月13日、慎重にATMを操作し、無事にバス代を手に入れた私たち。その勢いのままS氏と私も現金を引き出すことに成功しました。運の良いことに、3つ目に選んだバス会社の提示額は1000円。もちろん即時購入し、ザンビア時間で早朝4時にルサカへと出発できることが確定しました。
そして、いざ乗る予定のバスと対峙。目の前に広がる、驚くほどに劣悪な環境。12時間の過酷な移動がスタートしたのでした。

 午前4時すぎ、ついに身動き取れない狭さになってきた頃、バスはザンビアの首都、ルサカに向けて出発しました。睡眠不足と蓄積された疲労で、擦り減っていた精神と体力。すぐに眠りにつくはずだった私たちでしたが、このバスはそうさせてもらえるほど甘くはありませんでした。
 バス自体が持ち合わせた低すぎるポテンシャルと、飽和状態の車内に充満する生暖かい空気。出発からわずか数十分で、この相乗効果に耐え切れなくなった乗客たちは、次々に窓を開けていきました。しかし、それは冬のアフリカを迎え入れることになり、流れ込んでくる極寒の風。たまらず窓を閉める乗客たちでしたが、さすればまたしても内側から生まれる悲惨な空気。
 何とかこの状況から脱却するため、ちらほら中途半端に窓を開ける、己だけの身を守った窓際の乗客が現れ始めた頃。生暖かく悲惨な空気をアフリカの冷たい弱風が活性化させ、それが五感を強めに刺激してくる、という最悪の状況を作り出したのでした。

 寝袋を体に巻きつけ、抱えたバックパックに顔を埋め、イヤホンでラジオを聞き、必死の抵抗を見せていた私。しかし、どういう訳かデカい声で平気に電話をし、食事を始める現地人。それはさらに嗅覚と聴覚を刺激してきました。そんな中、限界を迎えたのか、何人かの子供が泣き出す始末。

「地獄やんけ。これで12時間、詰んだー。」

 とここで何か吹っ切れたのか、周囲の状況が一切どうでもよくなりました。今まで何を話しているのか分からなかったラジオの音声がはっきりと耳に届き、心なしか枕のような柔らかさになっていくバックパック。意識的抵抗と無意識的諦念。後者に選ばれた私は、深く眠りにつくことに成功しました。

 すでに10時間が経過していた午後2時、日差しと車内の暑さによって起床。寝袋をしまって、地図を見ると、どう考えても後2時間でルサカには辿り着かない場所を走っているバス。

「(まぁこんなもんよな。)」

 何度か目を覚ましながらも長時間眠れたとは思いつつ、体は正直なもので喉の痛みや鼻詰まりに倦怠感、としっかり風邪の前兆を感じていました。そんなことはお構いなしに、相変わらずの車内。しかし、この状況に慣れたのか、諦め切ったのか、いつの間にか切れていたラジオの音声を耳に復活させ、ただただぼーっとしていました。腹が減っていたものの、動く気にもなれず、立ち寄った休憩所では幸いにも後列からバスを出る人はいなかったので、そのまま目を閉じました。
 そして、体の痛みを和らげようと何度も体勢を変え、寝て起きてを繰り返し、どれほど鼻くそが溜まったか分からなくなった頃、バスはルサカの目前に迫っていました。窓から見える景色は完全に日没後。

「ルサカってどんなとこなんですか?めっちゃ綺麗な街っぽく見えるんですけど、治安良いんですかね?」

「全然知らんけど、治安良さそうよね。建物とか、今までと全然違う。ヨーロッパ感?というか。」

 街並みの雰囲気に少し安心しましたが、ルサカのバスターミナルに到着したのは夜の9時。実に出発から18時間が経過していました。

「はぁぁぁー、体痛ぇぇー!」

「マジでキツかったな、このバス。過去1かも。」

「よう耐え抜いたで俺ら。自分を褒めたい。」

 全身を伸ばしながら、お互いに称賛し合い、幸い宿がバスターミナルの近くということで、歩いて向かう私たち。もう夜遅かったので、あまり人とすれ違うことはありませんでしたが、危険な雰囲気はあまりなく、あの車内から解放された私たちは、純粋な空気と夜風に清涼感を抱いていました。

「すいませーん。開けてもらえませんかー?」

 南京錠でガチガチに閉じられた門扉。その鉄格子の奥にはプールが見えました。さらに、ダーツやビリヤード、バーカウンターにて楽しむ、ほぼパーティー中の西洋人たちの姿。

「ほんまにここで合ってんのかな。」

「俺たちにはちょっとレベル高すぎない?」

 と値段に不安を感じていたところで、私たちに気が付いた宿のオーナーが出迎えてくれました。

「今着いたのか?どこから来たんだ?」

 またしてもタンザン鉄道の事情を話し、国境から来たと伝える私たち。

「そうか。にしても遅い到着だな。バスターミナルからは歩いたのか?」

「そうですね。」

「次からは夜の外出する時は絶対にタクシーを使うんだ。この辺りは危ないから。」

「え!?そうなんですか?はぁ・・。」

 チェックインを済ませ、部屋に荷物を置き、何となく宿を見て回る私たち。Wi-Fi環境は良好で、ふかふかベッドとまさかのホットシャワー完備。それに完璧な娯楽設備。ようやくゆっくりと心身共に休められることが確定しました。アフリカ初のプールに足を浸けて、寝転がる私たち。

「やっとちゃんと寝れそうですね。」

「たった数日ぶりだけど、その数日が怒涛すぎたよね。」

「てか、ルサカ危ないんやな。びっくりしたわ。」

「雰囲気で分からなかったです。あのバスから脱出した後やから、他がめっちゃよく写ってたかもですね。」

 様々な経験とその感情の揺らぎで、身に付いたと思っていた危機管理能力も、まだまだ発展途上。相対的危機管理ではなく、絶対的危機管理が必要であることを理解したのでした。

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