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現代的なチキンストック

チキンストックとはチキンブイヨン(チキンスープ)のこと。最近はお店でも業務用のチキンブイヨンを買ってくるところが多くなりましたが、一度は自分でブイヨンをつくってみるべき。経験する価値は充分にあります。

チキンストック
 鶏肉(どの部位でも骨と肉をあわせて)  約1kg(今回は820g)
 たまねぎ   300g(大1個)
 にんじん   250g   (大1本 または中2本)
 セロリ   100g(1本、今回は正味112g)
 にんにく  2片
 ローリエ  0.5g
 タイム   0.5g(あれば)
 粗く砕いた胡椒 好みで
 水     1.5L

今回の作り方はネイサン・ミアボルトがまとめた『モダニストキュイジーヌ(現代的料理法)』を応用しています。材料はとてもシンプル。鶏肉はどの部位でもかまいませんが、味は肉から多く出るので、鳥がらだけではなく、手羽元や手羽先など肉がついている部位も最低、半分程度は混ぜてください。もちろん鶏ガラのみでも充分に美味しくできますが、今回は手羽先、手羽中、手羽元の三つの部位を使っています。

若どり(ブロイラー)は昔から味が薄く嫌な臭いが出ると敬遠されてきましたが、最近の国産ブロイラーの質は悪くないです。

とはいえ飼育期間が長い方が味が濃いのはたしか。大山とりは飼育期間の長いブロイラー的な優良品種。写真は手羽中です。手羽先や手羽中などは丸鶏を仕入れている店であれば出てくる部位なので、フォンやジュなどに活用しているところも多いのではないでしょうか。

手羽先と手羽中は小さく刻みます。骨が切れるハサミがあれば簡単です。

出刃包丁でも切れますがこちらはやや大変かも。骨を切るときは根本の部分を使うのが刃こぼれしないコツ。ちなみに昔はは濁りの原因となるということで、細かく刻むのは厳禁とされてきました。しかし、この後の写真を見てもらえばわかりますが、このレシピに従えば濁ることはありません。

手羽元は骨が硬いので、そのまま使います。

香味野菜にはグルタミン酸ナトリウムが多く含まれている野菜を使います。肉から抽出されるイノシン酸ナトリウムと野菜のグルタミン酸ナトリウムの旨味の相乗効果がストックのおいしさの理由。鰹節(イノシン酸)と昆布(グルタミン酸)の合わせ出汁と原理的には同じです。

通常のチキンストックは鶏をまず湯通しし、野菜とともに鍋にいれ、水を注ぎ強火で沸騰させます。アクを丁寧に引き、時に氷なども入れてアクを取りのぞき(氷を入れると脂が固まりそこにアクが吸着する)弱火で決して沸騰させぬように三時間ほど煮出します。調理師学校などでもそのように教えていますが、この方法はまったく現代的ではありません。

モダニストキュイジーヌチームが考案した方法は圧力鍋を使うこと。すべての材料を圧力鍋に入れます。

ローリエも忘れずに投入。

強火にかけて圧力がかかったら弱火落とし、45分間旨味を抽出します。圧力鍋は名前の通り、圧力をかけることで水の沸点を上げます。鍋の種類などによって違いはありますが120°Cから128°C程度の温度で加熱をすることで調理時間を短縮することができる道具です。J. Kenji Lopez-Altはウェブサイト『SeriusEat』の記事『Ask The Food Lab: Can I Make Stock in a Pressure Cooker or Slow Cooker?』でこんな風に説明しています。(ざっくりとした翻訳ですが)

スープにおける加熱にはふたつの目的があります。ひとつは肉や野菜の細胞を壊し、 芳香化合物を引き出し、液体に旨味をうつすこと。もう一つはコラーゲンを溶解させ、液体にコクを与えることです。この二つの反応は温度が高ければ高いほど進むので、圧力鍋を使えば効率よく味を引き出せるのです。

時間が来たら火を止めて、圧力が抜けるのを待ちます。圧力鍋を使うと圧力の関係で対流が起きず素材が動きません。そのため濁らないのです。

出来上がり。タイムと粗く砕いた胡椒を入れて、3分間待ちます。ハーブティーのように香りを移すことでフレッシュな香りをストックに与えることができます。古典的なフランス料理では途中で取り出せるようにタイムの枝や胡椒などをポワローで包み、ブーケガルニという束をつくります。しかし、考えてみればこれはまったく非効率的。途中でとりだすくらいなら、最後に香りをうつせばいいのです。

ザルで濾しましょう。

出来上がり。これが一番のストックです。高温で抽出したためメイラード反応が進みかすかに色づいていることがわかります。

冷蔵庫で冷やすと脂が固まりますので除去します。

冷やすと鶏のゼラチン質でジュレ状に固まります。市販のブイヨンキューブはゼラチン質を取りのぞいているので、この点が市販のストックと自家製の大きな違い。一番の出汁はいわゆる『フォン・ド・ヴォライユ』。ゼラチン分があるのでソース作りに使います。このゼラチン分がソースのとろみを生み出すのです。ちなみにソースに使うストックをフォン、スープに使うストックをブイヨンと呼びます。

残りの材料に水1Lを加えてもう一度出汁をとります。これが二番の出汁です。

二番はゼラチン分が少ないためさらっとしていますが、まだ味が充分にあります。さすがに三番は風味だけという感じですが、時間に余裕があればもう一度とって(三番出汁)、それを二番と混ぜるのもアリです。
ゼラチン分の弱い二番出汁はスープ用。もしくはチキンコンソメのベースなどに使います。もちろん一番の出汁もスープに使うことができますが、その場合は水で二倍に薄めるのが現実的でしょうか。(やはりコストがかかっているので)

また今回のストックは事前に鶏を炒めないタイプ。鶏や野菜を焼いてから煮出したブラウン・チキンストックはまた別の使い道があります。現代ではチキンブイヨンをベースにスープを仕立てる機会はぐっと減り、水や野菜のブイヨンで素材の持ち味を生かすことが増えました。
しかし、フォンやブイヨンが重要でなくなったというわけではありません。家庭ではつくる必要性はまったくないかもしれませんができあいのスープの素と素材から出た味がこんなに違うのか、というのを知るだけでも味わう価値はあります。

圧力鍋という文明の利器を使うことで進化したチキンストック。過去の技法を現代の視点で捉え直すことで新しい味が生み出せるという一例です。

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樋口直哉 作家・料理家 主な著作として小説『スープの国のお姫様』(小学館)ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)料理本『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)など。

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コメント2件

とても興味深いです。圧力鍋を使用するバージョンでは、アクを除かずに抽出しているのでしょうか?
スープストックにおけるアクの主成分は粗脂肪です。この調理法ではアクは最後の段階で鶏の脂と一緒に除去しています。圧力鍋バージョンではありませんがロブション氏のキッチンでジュをとるときアクとりをほとんどせずに、最後に冷蔵庫で固めた脂を一気に除去していましたが、この方法はそれと似ています。
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