見出し画像

Reproレシピシリーズ『黒豆を煮る』

このnoteでも時々、写真に映り込む卓上IHヒーター。

画像6

ガス火とIH、どっちがいいんですか? という質問を時々受けますが、カジュアルに使うのであればガス火ですが、正確なのはIHです。

『Modernist Cuisine』のなかで著者のネイサン・ミアボルトはコンロについて、こんなふうに書いています。

コンロは、古代の料理用たき火の現代版だ。より便利で制御も簡単だが、コンロには本質的な限界がある。食材はおもに伝導によってゆっくりと熱される。熱はバーナーから拡散して、金属の鍋を通して食材に伝わる。
これは効率の悪いプロセスだ。熱は食材の下と横と上からやってくる。熱はバーナーから縁のほうへそれて、鍋の両側からも逃げる。ふたからも放射される。ふたをしていなければ、熱は蒸気として空気中に逃げていく。こういったさまざまな効率の悪さのせいで、熱が失われるだけではなく、加熱にむらも出る。
したがって、鍋やフライパンでの料理はかなり不正確だ。深い鍋と浅いフライパンでは調理結果に違いが生じる。異なる金属でできた鍋でも同じだ。ふたの有無やコンロの違い、同じコンロでもバーナーの違いで仕上がりが変わる。腕利きのシェフと未熟な料理人との差は、こういった違いに対処する経験があるかないかだ。

そう、ガスコンロは非常に効率が悪いので、不正確になりがちなのです。実はガスバーナーから食材に達するエネルギーはその1/3程度。エネルギーも無駄にしていますが、IHであれば半分以上が到達するので、食材を効率よく加熱できます。IHは鍋自体を発熱させるので、熱が横から逃げないのです。これがIHが正確に料理できる理由の一つ。

よく「IHは火力が弱くて……」という人がいますが、これは正確ではありません。鍋に1.5Lの水をいれてガス火で加熱すると沸騰するまで8分〜10分はかかります。一方、IHであれば5分で沸くでしょう。お湯を沸かすといった基本的な調理には火力の強弱よりも効率的に熱を伝えることが重要なのです。

「IHを試してみるのに今あるコンロを外す必要はない。一口の卓上型IH調理器が機能によっては安価に手に入る」

とミアボルトは書いています。まったくそのとおりで、僕はIHとガスを併用するのが現在の所、最もベターな選択肢だと考えています。問題は価格になりますが、ミアボルトが続けて「IKEAの10ドルのフライパンでもIHを使えば高価な銅製調理器具を使って料理するのと同等の結果が得られる」と書いているように、今から銅鍋を一式揃えるよりもむしろ経済的とも言えます。

ところで、従来のIHは火力を1〜10という具合に表現していました。せっかく正確な火力を実現できるのに、これではまだまだ曖昧な部分が残ります。そこに登場したのがIHクッキングヒーターの「Repro」です。

以前から「樋口さんが使っているIHってどこで手に入るんですか?」という質問を時々受けておりましたが、ようやく3/31日に一般発売しました。(パチパチパチ)現在のところ、上の公式ストアからのみ購入することができます。

この「リプロ」、従来のIHクッキングヒーターと何が違うのでしょうか。それは加熱温度を1〜10の数字(ガスコンロでいえば強火、中火、弱火)という曖昧な表現から正確な数字に変えた、という点です。

こんなこと「温度計を鍋の底につければ簡単なんじゃないの?」と思うかもしれませんが、そういうわけにはいきません。なぜなら鍋の構造や厚みが違えば温度が伝わる速さや分布なども変わってくるからです。

そこでリプロでは鍋プロファイルというデータを使うことで、その問題を解決しています。ここがまず面白いところ。あらかじめ鍋のデータを入れることで、表面温度、水温、油温を正確に制御します。細かいところをいえばon-off制御ではなくPID制御……とか色々と書けるのですが、そのあたりは実際に料理しながら紹介していったほうがいいので、「Repro」でなにができるのか? という点に話を進めます。

表面温度をコントロールする

使用しているフライパンを設定すれば「焼く」という調理における温度を30℃〜200℃の範囲でコントロールできます。これまで「焼く」という調理をレシピで伝える際、使われていた表現は「弱火」「中火」「強火」でしたが、中火でも火にかけ続けて素材の水分量が減ってくれば強火と同じ状態になりますし、そもそも弱火といっても「どれくらい弱火か」というのは個人の感覚に任されてきました。

画像1

その点、reproであれば135℃という具合に正確な加熱ができます。

画像2

例えば9cm×5cm、厚さは4cmの和牛肉を冷蔵庫から出したて(初期温度9℃)から焼きはじめます。フライパンの表面温度は135℃にセット。3分おきに転がしながら4面を24分焼き→最後に両面を3分=トータル30分加熱し、休ませずにカットすると……。

画像3

こんな具合です。中心温度は54℃。一定の温度で加熱することで、仕上がりが安定しますし、逆にいえば135℃の加熱時間をもっと短くして休ませる→最後に200℃の高温で表面に焦げ目をつける、というアプローチも考えられます。どんな方法でもいいのですが、温度を管理することで「自分ならこんなふうに火入れをする」ということをもっと突き詰めて考えられるはず。

水温をコントロールする

地味に便利なのがこちらです。これまで「煮る(炊く)」という調理法では「ことこと」とか「ぐつぐつ」とか非常にファジーな表現で伝えていました。それが温度で管理できするとどんなメリットがあるでしょうか?

例えばラーメン屋さんの世界では経験則的に「雨の日はスープがおいしくできる」と言われています。水温は気圧や標高などによっても変わってくるので、雨が振るような低気圧では水温は96℃程度で安定します。そうすると雑味につながるようなアクも出ず、安定してスープをとることができる、という話です。

画像7

例えば昆布だしの昆布は①30℃ ②60℃ ③80℃ ④30℃から60℃まで上げるという条件で1時間加熱した実験がありますが、それによると60℃で1時間が最もグルタミン酸が多くなったという報告があります。

これを一つの基準とし60℃で1時間、抽出したい、という場合、これまでのガスコンロで60℃で1時間維持するのはなかなか大変ですが、Reproであれば簡単です。一度、基準となる出汁が引けたら、後は自分なりに色々と試行錯誤してみればいいのです。出汁についてはまた別途記事にしますね。

油温をコントロールする

水温をコントロールするのと同様に油の温度もコントロールできます。(この機能には有線センサーが必要です)ただ、油は水と違って温度によって粘性が変わる液体なので、安定させるのがなかなか難しく、かき混ぜる必要が出てきます。

画像8

これについても別途記事にしていきましょう。

レシピを管理できる

Iot機器なので、手持ちのスマートフォンと接続し、レシピや鍋プロファイルなどを管理します。温度調整をしながら加熱するというような基本機能はスマホがなくてもできるといえばできますが、スマホを持っていない人にはやや宝の持ち腐れかもしれません。

画像20

黒豆を炊く

手はじめに出汁の話から……と思ったのですが、出汁は色々と書くことが多いので、まずはReproを使った黒豆の炊き方をご紹介します。

黒豆 100g
グラニュー糖 100g
しょう油   小さじ1/4
水      1l

reproのプリセットレシピ(はじめからなかに入っているレシピ)にも黒豆があるのでそれを使いますが、それとは分量が異なっています。僕はしょう油があまり強くない味が好みなのです。とはいえ、原理は同じ。

画像4

まず黒豆です。今回は有楽町の交通会館に入っている兵庫県のアンテナショップで購入した丹波の黒豆を使いました。

画像5

黒豆は乾燥させる工程でほこりがついているので、まずはよく洗います。

画像9

鍋に水を準備し、グラニュー糖を溶かします。

画像10

黒豆の作り方は人によって様々。まずは乾物となる豆を水で戻してから炊く、湯で戻してから炊く、調味液で戻してから炊くの3パターンが一般的です。

熱湯で戻すのが一番短時間で豆が戻りますが、豆の皮が破ける(=破裂率)割合も上がりますし、糖分やアミノ酸が溶出するので味は悪くなります。それを防ぐために考案されたのが水にあらかじめ調味液を加える方法です。

これは熱い調味液(塩、砂糖、しょう油、重曹+サビ釘)に8〜10時間漬け、それから火にかけて、豆が煮汁から出ないように途中でさし水をしたり、泡を取ったりしながら弱火で5~6 時間煮ふくめるもので、土井勝方式とよばれていますが、最初からたっぷりの水に砂糖を入れ、はじめは砂糖濃度が低く、煮ることによって徐々に濃度が高くなることを利用したもの。液体の濃度を高めておくことで、風味が逃げるのも抑えられます。

このやり方が普及したことで黒豆からシワがなくなった、と言われています。江戸前の黒豆はシワが出るまで長生きする、ということからシワを寄せるものもあったようですが、たしかにそういった黒豆はすっかり見なくなりましたね。

弱点はそれでも時間がかかること。今回の煮方は最短の時間、かつ最も破裂率の低い方法と考えられている方法で「60℃の調味液で2時間戻す」というものです。これは2013年に兵庫県立農林水産技術総合センターが発表した論文によるもの(黒ダイズにおける吸水特性及び煮豆の破断特性に及ぼす高温での浸漬処理の影響)。

画像11

水の温度が低い→時間がかかる、高温の方が早く戻る→味はおいしくなくなる、というところから温度条件を色々と変えて実験したところ、60℃で戻すのが最も早く、味も通常の浸漬処理と同程度という報告があります。あ、調味液の濃度を高めておいたほうが味が逃げないので、この段階でしょう油も入れてくださいね。

画像12

キッチンペーパーを落し蓋にして、60℃で2時間加熱します。

画像13

Reproを使うコツはセンサーを入れたら、こんなふうに鍋のふたをずらして、かけること。蒸気として空気中に逃げていく熱を減らすことで温度が安定します。

画像14

ピピっと音がして、2時間が経過しました。

画像15

reproのプリセットレシピを使っているので、自動的に98℃まで温度が上がります。

画像16

ずらした状態の蓋をしたまま放置すればいいのですが、なかの状態を見るために蓋を外してみました。中はこんな状態。6時間煮ていきます。気圧や室温によってぐつぐつ煮えてしまうことがあるので、その場合は温度を97℃とか96℃に下げてください。

6時間経過しました。この段階で硬さを確かめます。プリセットレシピではさらに2時間炊くことになっていますが、このあたりは好みでしょうか。

画像17

途中で水が少ないようであれば熱湯を足して調整します。

画像18

かといって熱湯を足しすぎると濃度が薄くなりますぎます。確実にするなら糖度計で糖度を確認するのが安全。ブリックス糖度で25℃くらいが適当だと思います。

画像19

出来上がり。実質的には調味料と水、黒豆を鍋に入れたらあとは放置しておくだけです。家庭でももちろん仕事中に仕込んでおけますし、お店なんかでも鍋にかかりきりにならずに済むので、人件費の節約になります。長くなったのでとりあえず今日はこんなところで!

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!