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里芋の炊き方

『炊く』という仕事は日本料理の基本。水分で加熱していくことで米を炊くのも炊く仕事です。素材に火を通す「下炊き」、味をつけていく「煮含め」、下炊きをせずに直接煮ていく『直炊き」などがあります。

里芋は家庭では煮っ転がし(煮付け)にすることが多いですが、今日はお出汁で炊いていこうと思います。煮っ転がしが日常=ケの料理だとすれば、炊いたお芋は非日常=ハレの日の料理。祝い事の時は芋の大きさを揃えますが、今回はバラバラの大きさのまま炊いていきます。(もったいないので)この作り方をすれば大きさがバラバラのお芋でも均一に炊ける、という方法です。

里芋はよく洗っておきます。

煮っ転がしをつくるときは皮をテーブルナイフや包丁の背で薄く剥いたり、時には茹でてから剥きますが、炊く場合は包丁で厚めに皮を剥きます。

厚めに剥く理由はぬめり成分であるガラクタン、えぐみのもとであるシュウ酸が皮のすぐ下に多く含まれているから。今回は適当に剥いていますが六方に形を整えたほうが仕上がりがきれいですし、六方形に剥くと表面積を最大にすることができるため味のしみこみがよくなります。(単純計算するとおそらく七角形のほうが表面積が大きくなりますが成形するのが難しいので六角形が現実的でしょう)

里芋の下処理は通常『米の研ぎ汁で下茹でする』というのが一般的。(研ぎ汁がない場合は生米を入れるという場合も)研ぎ汁で煮ることでアクが抜けるといいますが、なぜアクが抜けるのかという理由について解説している本は読んだことがありません。

比較してみましょう。里芋を水で下茹でしたものと

米の研ぎ汁で炊いたもの、味や見た目に差が出るでしょうか? 二つの鍋を中火にかけました。

沸騰してきたら浮いてきた泡をすくいとります。里芋のぬめり成分であるガラクタンは水溶性のため、下茹ですることで大幅に減らすことができます。

弱火に落として静かに炊いていきます。これが『下炊き』です。里芋は火が通ってくると浮いてきます。加熱によって水分が抜け、軽くなるからです。火がちゃんと通ったか心配なら串を刺してすっと通れば大丈夫。

浮いてきた順からお湯にとっていきます。芋の大きさはバラバラでも、下茹での段階できちんと火を通しておけば食べた時にガチガチ・・・・・・という失敗は防げます。

この時、水にとってはいけません。これが里芋を炊く時のコツです。冷やすと芋が締まってしまい、上手に炊けません。

さて、左側が水で炊いた里芋、右側が米の研ぎ汁で炊いた芋です。見た目は水で煮たほうが白く仕上がりました。さらに白くしたいという場合は酢を加えた水で煮る方法がありますが余計な酸味がついて味は悪くなります。

味見をしてみると明かな違いがでました。左側、水で炊いたほうが甘みが強く、ふっくらと炊けており、米の研ぎ汁で炊いたほうはアクがわずかに残っているようです。研ぎ汁は水よりも濃度があるため、ふっくらと炊けないのです。米の研ぎ汁を使うことでアクが抜けるという説はどうやら誤りのよう。

里芋のアク=えぐみは『シュウ酸カルシウム』という成分に起因します。里芋の皮を剥いていくと手がかゆくなりますが、これはシュウ酸カルシウムの結晶が肌に刺さるために起こる現象。そもそも米の研ぎ汁で下茹でする作業はコロイドにアクを吸着させる効果を狙ったもので、研ぎ汁自体にシュウ酸カルシウムをどうにかできる力はありません。(重曹くらいphがアルカリを示せば別ですが)
この慣習は米の研ぎ汁で大根を下茹ですると甘くなることから特に理由なく受け継がれてきたのではないでしょうか。大根にはジアスターゼが含まれていますから、米の研ぎ汁のデンプンが糖に分解されることで甘さが増すのはたしかです。しかし、里芋で行う合理的な理由は見当たりません。

また、シュウ酸カルシウムの濃度は里芋の品種によって差があることがわかっていますが(参考『サトイモ(Colocasia esculenta Schott)の組織中シュウ酸 カルシウム結晶密度における品種間差異』村上賢治他 岡山大学農学部学術報告)現在、日本で栽培されている里芋はえぐみの少ない品種なので、あく抜きに一生懸命になる必要はないかもしれません。

というわけで里芋は水で下茹でしましょう。

お湯で表面を軽く洗い流した里芋を熱い出汁に加えます。(出汁の作り方は『1.5番出汁』参照)

出汁の量は写真を参考に出汁が浸るくらいです。いつもレシピの解説の時には分量を細かく計っていますが今回はあえて計っていません。これくらいの量、これくらいの色という具合に憶えていくのが日本料理が上手になる第一歩。

味付けです。まずは甘みからつけていきます。みりんを大さじ1〜大さじ2。砂糖なら癖のないグラニュー糖が向いているかもしれません。

醤油は少しずつ加えていきます。日本料理の世界では昔「影を落とす」と表現したりしましたが、醤油の適量は色で判断します。

今回は小さじ2くらい入れました。醤油とみりんの量は適当ですが、薄味にしておくのが里芋の味を活かすコツ。里芋の煮っ転がしならご飯のおかずにするように濃い味にするメリットがありますが、せっかく炊くのですから薄くしておきましょう。

ここで火を止めます。驚くほど出汁で煮ている時間は短いですが、里芋には火が通っていますから大丈夫。予熱で火が入り、調味液も染みこんでいきます。

加熱を続けると香りも飛び、煮崩れる原因にもなります。30分も置いておけばこんな状態。里芋が沈んでいるのは味が染みこんだ証拠です。保存容器にうつして冷蔵庫で保管します。出汁のなかに浸っていれば数日間は味が落ちません。

食べる時は温め直すか、冷たいままでもおいしく食べることができます。下茹では里芋から水分を出す作業、出汁で煮るのは水分を入れていく作業。この二つの違いを理解しておくと上手に芋を炊くことができます。

冒頭で非日常の料理と言いましたがじつは煮っ転がしよりも保存が利き、作り置きできる料理でもあります。濃い味の料理の横にこんな風にシンプルな煮物があると箸休めになるので、週末にまとめてつくるのはどうでしょう。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!